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第1話 後半「夕暮れの影が、二人をひとつにした」

校舎を出ると、春の匂いがふわりと頬を撫でた。

風に乗って桜の花びらが流れ、ゆっくり地面へ落ちていく。


ひまりは小さく歩幅を合わせてきた。

隣にいても邪魔にならない、ほんのり甘い距離感。


「……ねぇ、相沢くん」


ひまりがふいに口を開く。

沈みかけた夕日が、彼女の横顔を金色に染めていた。


「さっきのこと、誰にも言わないでくれる?」


「もちろん。言うわけないじゃん」


「ふふ。……ありがと」


その笑顔はさっきの涙の気配を微かに残していて、

それが逆に胸を締めつける。


しばらく歩いたあと、

ひまりは制服の袖を小さく引いた。


「ねぇ、相沢くんって……なんで気づくの?」


「何を?」


「私が……泣きそうなの」


心臓が一拍、強く跳ねた。


「他の子は全然気づかないのに。

相沢くんだけ、絶対に気づくよね」


ひまりの声は、弱い。

でも、その弱さを隠そうとしないで僕を見るその瞳は、

涙を含んだときよりも、ずっと綺麗だった。


「……分かるんだよ。そういう顔、してるから」


「どんな顔?」


“助けてほしいのに、助けてって言えない顔。”


でも、そのまま言うには少し重すぎた。

だから代わりに、素直な言葉だけを選ぶ。


「頑張りすぎてる顔、かな」


ひまりは目を丸くして、

次の瞬間、俯いて小さく笑った。


「……そんなふうに見えてるんだ、私」


「うん。でも、それでいいと思うよ」


「どうして?」


「泣きそうになっても、泣きそうな自分をごまかさないから。

佐伯さん、強いよ」


言った瞬間、ひまりが足を止めた。


夕暮れの光のなかで、

ひまりの目尻がまた、ほんの少しだけ揺れる。


「……強くなんてないよ」


かすれた声。

それは今日いちばん本音に近かった。


「ねぇ、相沢くん」


「うん?」


「もう少しだけ……隣、歩いてくれる?」


そのお願いは、

助けを求める弱い声でも、

甘えるような恋の声でもない。


“ひとりになりたくない”という、

さっきより深い場所にある気持ちだった。


「帰り道くらい、いくらでもつきあうよ」


言った瞬間、

ひまりの横顔がふわっと緩んだ。


桜の花びらが二人の間に落ちて、

静かに風にさらわれていく。


その小さな距離が、

確かに恋の形をしていた。


──この帰り道が、

後に二人の未来を決めることになるなんて、

このときの僕はまだ知らない。


ただ、隣にいるひまりの影が、

僕の影にそっと重なったことだけは分かった。


そしてそれが嬉しくて、

ほんの少しだけ苦しかった。


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