第11話「初めて、名前以外で呼んだ日」
放課後の教室は静かだった。
窓の外は薄暗く、夕日が最後の光を落としている。
ひまりは机に肘をつき、手で顔を覆ったまま小さく笑っていた。
陽斗はそっとその横に座り、ひまりの手を握る。
「……陽斗くん」
「……うん」
そのやり取りだけで、心が温かくなる。
二人だけの世界にいるようだった。
ひまりが手を握り返す。
その手の柔らかさに、陽斗の胸も少し震える。
「ねぇ、陽斗くん……」
ひまりの声が小さく、震えている。
「……私、好き……」
陽斗の心臓が跳ねた。
言葉が胸に直接落ちてくる。
その一瞬で、すべてがはっきりした。
「ひまり……俺も、好きだ」
その瞬間、ひまりの目が大きく開き、
驚きと喜びで光った。
涙がこぼれそうになる。
「……え?」
「ずっと……言おうと思ってた」
陽斗の声は低く、でも確かな強さがあった。
「怖いことも、泣きたいことも、全部……一緒にいるから」
ひまりは胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。
思わず陽斗の肩に顔を埋め、震える声で言った。
「陽斗くん……」
陽斗はそっとひまりの頭を撫で、
顔を上げると、少しだけ距離を置き、ひまりの目を見つめた。
「……名前で呼んでもいい?」
ひまりは涙でうるむ瞳を、そっと陽斗に向けた。
「……うん」
「ひまり……」
その声に、ひまりの胸が高鳴り、
目の前の人の存在が全てになった。
「陽斗……」
二人の名前が交わる。
呼び合うだけで、世界が変わるほどの温度が流れた。
教室の外では、夕日の光が柔らかく差し込み、
二人の影が寄り添うように重なった。
ひまりは心の奥で、初めて自分を許した。
泣いても、笑っても、恋してもいいんだと。
陽斗もまた、自分の心が完全に決まったことを感じていた。
「……ひまり、これからも、ずっと一緒にいよう」
ひまりは小さく頷き、
その唇に笑顔が溢れた。
「うん……ずっと、一緒に」
手を握り合い、二人は静かに時間を重ねる。
世界が止まったような、穏やかで温かい瞬間だった。
教室の空気に溶け込む笑い声や光。
すべてが、二人だけの特別な時間になった。
――恋が、自覚になり、
初めて名前以外の呼び方で呼び合った日。
未来の幸せは、今、この瞬間から始まった。




