タダでは逃げない
僕とニヤはフード付きのマントを頭から被り、旅人の姿で目立たないように西へと向かう街道を歩く。
このマントはガリレオ教授が用意してくれていた物で、他にも路銀として袋に入ったお金と、いつか話すと言っていた魔族について書かれた教授の本。
そしてジルヌール先生から渡された鞄には、こちらにもお金とジルヌール先生が書いた魔法の本が入っていた。
この本には上級どころか帝級、そして極秘である筈の神級の詠唱まで書かれていた。
走り書きされたメモには「お前に発動は出来ないだろうが、コレがきっと役に立つ日が来るだろう」と書かれていた。
(また三人の旅に戻ったにゃ)
今はイヅミも出て来て一緒に歩いている。
あの時イヅミも異変を感じていたけれど、同時にジルヌール先生とガリレオ教授が来ているのも分かったので何もしなかったとの事。
その代わり、僕の寮の部屋の荷物を全部収納に収めてくれていたらしい。
「そうだな、元の三人の旅に戻っただけだ」
◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆
「何だこの部屋は! 何も無いではないか!?」
第二騎士団が踏み込んだ部屋には、一切の荷物が無くガランとした状態だった。
部屋を案内した寮長の僕も、部屋の中の状態を見て唖然としてしまった。
「アベル、何処へ行ったんだ」(ボソッ)
部屋の中を破壊する勢いで調べ回った騎士達が、何も手掛かりを得られずに帰った後、僕が自分の部屋へと戻っていると、時々アベルの部屋で見る白猫が僕の部屋から出て来たのが見えた。
「えっ?! 君は」
僕が追いかけようとすると、猫は気が付かれたのが分ったのかクルッと反対方向へ向かって逃げて行った。
部屋の前に来ると少し開いた扉の先の机の上に、何かが置いているのが見えた。
部屋に入り机まで近寄ると、それは丁寧に折り畳まれた紙。中を読むと、ガタガタと酷く歪んだ文字で書かれたアベルからの手紙だった。
「アルフ先輩、突然居なくなってしまって申し訳ありません。どうしても急用が出来てしまい旅に出ます。
もしかすると変な噂が広まってくるかも知れませんが、それは僕とは関係ありません。
アルフ先輩なら僕の言う事を信用してくれると思っていますが、変な噂話に騙されないようにして下さい。
行き先は書けませんが、僕とニヤは大丈夫だとアンネにも知らせて貰えると嬉しいです。
学園に来て、とても仲良くしてくれたアルフ先輩やアンネにはとても感謝しています。本当なら卒業まで一緒にいたかったのかですが、こんな別れになってしまって残念です。
先輩もアンネもどうぞお体に気を付けて、無事に卒業できる事を祈っています。
アベル」
「アベル……」
アベルからの手紙は、最後の方は何か水に濡れたように滲んでいて読み難くなっていたけれど、それがアベルの悔しさに見え僕も泣いてしまっていた。
夕方、食堂に行きアベルとニヤを探すアンネにも手紙を読んで貰うと「何で……何で急に居なくなっちゃうのよ」と涙を溢れさせながら声も出さずに泣いていた。
この時には、アベルが魔族の関係者、魔族のスパイだったと言う噂が流れて来ていて、大声でアベルの名を言う事が出来なくなっていたからだ。
だけど、少なくともこの三番寮に住む学生なら分かっている、アベルが魔族のスパイなんかじゃ無い事を。
アベルは僕達にいつも気を使ってくれた。
いつも笑顔で、誰かが困っていると助けてくれて、この食堂で皆んなに勉強も教えてくれた。
ここには、アベルに助けて貰った学生が大勢いる。絶対にアベルを魔族の関係者なんて思っている者はいない。
だけど、学園の中にはアベルをよく知らない人間もいて、そういった連中は学年トップの成績も「やっぱり」なんて見方をする。
全然知らないスキルなのに魔法の成績も良くて、魔法で負けた連中も魔族と聞いて納得しているくらいだ。
翌日にはジルヌール先生に呼ばれて、アンネと一緒に先生の研究室へと行った。先生の部屋は散らかっていて相変わらずだったけど、先生は何だか元気がない様子だった。
「ジルヌール先生、お呼びですか?」
机に向かって何かを書いていたジルヌール先生が顔を上げて僕たちを見ると、よほど疲れていたのか目頭を抑えてググーッと伸びをしていた。
「二人とも呼び立てて済まないな、そこに座ってくれ」
僕たちがテーブルの椅子に座ると、ジルヌール先生が立ち上がってサイドテーブルのお茶を入れて持って来てくれる。
「「ありがとうございます」」
お茶を一口飲んで落ち着いた所で、と言いたいけれど先生がどうもソワソワした感じで落ち着かない。
「どうしたんですか先生?」
先生も自分で様子がおかしいと思ったのか、背筋をピッと伸ばすと。
「二人は、アベルと特に仲が良かったと聞いていたので、今回の件を話しておこうと思ってな」
バンッ!
アンネが急に立ち上がってテーブルに強く手を打ちつけると「そうです! 先生! どうしてアベル君が出て行く事になったんですか!?」と、ジルヌール先生に詰め寄る。
ジルヌール先生詰め寄られる事を想定していたのか、少し体を引いて話し始めた。
「今回の件の発端は、二人も知っていると思うがアベルの独自の詠唱にある。あの詠唱の文字を古代文字の専門家に調べて貰っていたのを、何処からか第二騎士団に嗅ぎつけられ、そこで『あの詠唱の文字は魔族の使っている文字かも知れない』と言う推測の話しを、アベルが魔族の関係者、または王都に入り込んだスパイだと第二騎士団の団長が言い出し、アベルを捕えると言う話にまでなったのだ」
「何で!? 先生は止めなかったのですか!?」
さらにアンネが詰め寄る。
「この話しが私の耳に届いた時には、既に第二騎士団が動き出した後だったのでな、何とかガリレオと組んでアベルを逃す事で精一杯だったのだ」
「それに、黙って出て行かせた訳では無いぞ」
ジルヌール先生が部屋の机の方に視線を向け、「イヅミちゃん、この部屋は安全を確認しています。出て来て下さい」と誰も居ない机に向かって話しかける。
「イヅミちゃん?」
僕たちも釣られて机の方を見る。
「にゃー」
そんな鳴き声と共に、真っ白な猫がジルヌール先生の机の上に現れた。
「えっ!?」「きゃあ!」
僕らが驚いていると、ジルヌール先生は続けて猫に話し掛けた。
「イヅミちゃん、そちらの状況はいかがですか?」
机の上で座って此方を見ている猫が、僕とアンネの方を見ながら。
「アベルもニヤも元気にゃ、アルフもアンネも心配しなくて大丈夫にゃ!」
「「しゃべった!?」」




