旅立ち
腰には短剣を差し、丈夫な布の服に胸当てに小手、脛当てと丈夫な革靴。お父さんとお母さんは独り立ちする僕に、とても素敵なプレゼントを用意してくれていた。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
お父さんの手を握り、お母さんはそっと抱き寄せてくれた。リリーは、手を握ってニッコリと「行ってらっしゃい」と言って見送ってくれる。
お父さんとお母さんは、昨日までのリリーの態度との違いに不思議そうな顔をしていたけれど「やっとお兄ちゃん離れ出来たのかしら」と良い方に捉えていた。リリーにはやっぱり話しておいて良かった。
「行ってきます! お父さん、お母さん、リリーも元気でね!」
お客さんを乗せた駅馬車が動き出し、僕は一番後ろの席で皆んなに手を振って別れを告げた。
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これから僕はこの駅馬車で、この辺りを治めている子爵様のいる街まで行く。そこからまた別の駅馬車に乗り換えながら最終的には王都を目指す予定だ。
子爵様のいる街は登録が出来る冒険者ギルドがあるので僕も冒険者登録をするつもり、そこからが僕の本当の旅の始まりだ。
駅馬車には、ある程度の経験を積んだ元冒険者の人が御者の人と一緒に乗り込んでいて、旅の途中で獣が出た時には退治してくれるんだって。けれど、余りに凶暴な獣や盗賊の場合は逃げてしまうらしいけど。
冒険者ギルドのある街までは四日後の昼過ぎには到着するみたい。その間は、町や村、街道沿いに作ってある休憩所で休みながら進む。
「アイザックさん、集めてきたよ」
僕は、休憩時間になると薪を拾ったり馬の飼葉になる植物を集めて御者のアイザックさんに渡していた。と言うのも、これをすると駅馬車の料金がちょっぴりだけど安くして貰えるから。
「ありがとうアベル。もう十分だから、後は休んでていいよ」
そう言われて、僕はもう一人の元冒険者さんの側へ向かう。
「お願いします」
そう言って、僕は途中で拾ってきた木の棒を持ち、素振りを始めた。最初、元冒険者の人に獣との戦い方を教えて貰いたかったんだけど、基本のキも知らないガキに教える義理もない、と言われて追い払われた。
仕方が無いので、イヅミに教えて貰ったイメージで素振りを練習していたのだけれど、それを見た元冒険者さんが「腕の振りはこうだ」「獲物に当たる瞬間に力を込めるイメージをしろ」等とアドバイスをくれるようになった。
今も、目の前で素振りをしていると、チラチラと見ては、時々指導をしてくれる。
そんな指導が今日で四日目、街道は山の谷間の峠に差し掛かっていた。この山を超えると冒険者ギルドのある大きな街に辿り着くけれど、御者のアイザックさんも冒険者さんも少しピリピリしていた。
やっぱり場所的に盗賊や獣が出たりするのかな?
峠の頂上、前後を見ると、通ってきた街道とこれから進む街道がハッキリ見通せる。つまり、向こうから来ていた僕たちは丸見えだったと言う事。
頂上は少し広くなっていて休憩も出来るようになっていたけれど……。
「こいつは、数日前に大きな争いがあったようだな」
広場を見ると、土が荒れていたり、何となく赤茶色くなっている土があり。そして何より端の方には新しく掘り返したばかりの土の山があった。
「お陰で私たちは、安心して峠超えが出来る訳ですね」
アイザックさんは戦いがなくてホッとしたいるけれど、僕としては盗賊がいて戦いになれば良かったのにとちょっと残念に思っていた。
「さて、こんなおっかない所はサッサと通り過ぎてしまいましょう。皆さんも馬車に戻って下さーい。出発しますよ!」
(アベル、左手上の岩の影に誰かいるにゃ)
イヅミの検索に引っかかった人がいるみたいだ。
僕は、そっと冒険者さんに近寄って(左手上の岩陰に人が)とコッソリと伝える。
冒険者さんは、馬車の回りを確認するフリをして岩陰の方を確かめる。暫くジッと探っていたけれど、動く気配がないと分かると大胆に岩の方を睨んだ。
「本当に人が居たのか?」
冒険者さんは気配を感じ取れなかったのか、僕にそう確認してきたけれど。さっきからイヅミは人が居ると言っているので間違いないだろう。
「さっきは見えたと思ったんだけど」
僕がそう言うと、冒険者さんはアイザックさんと他のお客さんに少し待つように言ってから、岩場の方へ上がって行った。
アイザックさんが不安そうに岩場の方を見てる。暫くすると、冒険者さんが両手で何か抱えて岩場を降りてきた。
「コイツが倒れていた」
ドサっと置かれたそれは、ボロ布を纏った……ひと?
「えっ!? ひと? 死んでるの?!」
アイザックさんや他のお客さんが馬車の反対側へと逃げる。
「いや、生きてるな……まあ、ほぼ死にかけだが」
生きてると聞いて、僕はそのボロ布の元へ近寄って口元に耳を傾ける。
「……っ み……ず」
生きてる! 僕は腰にかけた水袋を取り出して手のひらに水を出すと。ボロ布の主の口に手を向けた。
ボロ布の主は水に反応はしたけれど、うまく飲めずに殆ど口から溢れる。
「仕方ない」
僕は水を口に含むと、ボロ布の主の口を塞いで口の中に流し込む。
こくん。
一口飲めると、それからは僕の手からも上手く飲めるようになって、少し生気も出てきた。
「話せる?」
僕が聞くと首を振って答える。反応は出来るけど話すのは難しそうだ。
「盗賊に捕まっていた奴隷の子供だろう。足首に印があるから間違いない」
冒険者さんが、チラッと足首を見て確認していた。
「他にも捕まっている人はいる?」
首を横に振って否定する。ここには居ないのか、分からないと言う意味なのかはわからない。
「ここに置いていくのも何だ、先の街に到着すればここでの事も何か分かるだろうから、連れて行くか?」
冒険者さんは、御者のアイザックさんを見て聞いた。
「ギルドの規定的には連れて行った方が良いのでしょうが。ちょっとその格好のままでは連れて行けませんね」
確かに、このボロ布の主の格好はボロ布自体もボロボロで、体の臭いも結構酷い状態だ。僕は良くこの子に口移しで水を飲ませたな……。
「取り敢えず着替えさせて、体を拭くくらいはして欲しいけど」
アイザックさんがそう言って周りの皆を見るけれど、誰もやってくれそうにない。
「僕がやります。アイザックさん、馬の桶を借りますね」
馬車に取り付けてある馬用の桶を持ってくると、水袋の水を桶に入れる。それから、背負い袋から古い布と、寝巻きにしていたアッパッパ服を取り出す。
「さあ服を脱いで、この布で体を拭いたらこっちに着替えるんだ」
そう言うと、ボロ布の主はその場で着ていたボロ布を脱ぎ出した。と言うか、脱ごうとする先から破れてしまっている。
「おいおい、ここで脱ぐのか」
お客さん達はあまり見たくないのか、ボロ布の主が服を脱ぎ出すと。サッと馬車の裏に隠れてしまった。
見ているのは僕と冒険者さんだけ。
「!?」
ボロ布の主が、着ていたボロ布を脱いで下着だけになる。
「獣人だったのか」
その体には、肩から背中部分にかけて茶色い毛が生えていた。だけど獣人の特徴になる尻尾や耳が無い。そして、体のあちこちにアザが出来ていたので、盗賊達にやられたのだろう。
ボロ布の主は手に取った布を持ったままオロオロしていたので「僕がやってあげるよ」と言って布を貰って桶の水で濡らすと、その体を拭いてあげた。
その体は、少し拭いただけでも布が真っ黒になり、水も汚れてしまう。桶の水を二度ほど替えて、やっと体を拭いても布が汚れなくなったので、僕のアッパッパを着させる。
「コレで良いですか?」
馬車の裏にいるアイザックさんに声をかけて、ボロ布の主の状態を見て貰うと。辛うじてオッケーを貰えたので、馬車の一番端に座らせて先に進む事になった。




