前奏の終わり - 夏樹の過去―大分から東京へ
(――ここまでが、前奏だ)
心のどこかでそう区切る。
このあと、僕は一度、過去に戻る。
どうして東京に来たのか。どうして“普通”にしがみついているのか。
そして、どうして新宿で、倍音にヨダレを垂らす彼女に会ったのか。
順番に、ちゃんと話す。
*
僕――七海夏樹は、大分県のとある住宅街で生まれた。海にも山にも車で三十分で行ける場所。観光パンフレットに載るような温泉街ではなく、ごく普通の団地とスーパーと病院がそろった、いわゆる“ベッドタウン”。
父は中堅企業の営業マン、母は専業主婦、妹がひとり。
世間一般でいう「普通の家庭」。……ただし、ひとつだけ違った。
父は元バンドマンだった。
かつては本気でプロを目指していたらしい。青春の全部をステージに賭けて、結局は夢破れて、就職した。よくある話。だけど、彼の心に残った火種は消えなかった。
だからこそ――ランドセルと一緒に、僕にはギターが与えられた。
「お前も、ギターを好きになれ」
英才教育というよりは“押しつけたい愛情”だった。父は「やらなければそれでいい」と口で言いながら、その眼差しには常に「触れ。弾け。続けろ」が宿っていた。




