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だから僕は普通に音楽がしたい。  作者: Kei-ichi
第5章 文化祭、ライブ、響く
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三曲目:『音の羽化』/四曲目:『重力』―声の居場所

 MCは挟まない。位置を少し入れ替え、互いの目を見る。――今日のために磨いたのは『重力』だけじゃない。弥生が作曲し、彩月が詞を書いた新曲。『音の羽化』。セトリの三曲目にもう入っている。観客には、音で知らせる。

「息、いっせーの」

 彩月がガンクの縁を爪でなでる。かすかな擦過音が、体育館に銀の糸を張った。

 弥生は5弦のハーモニクスを鳴らし、僕はEm(add9)で指先を軽く跳ねさせる。六条はボリュームを絞り切り、右手だけで弦をなでる。五十嵐はパッドをやめ、膝と指で“呼吸”の周期を作った。

 ミドル・バラード。音そのものが羽になるテンポ。急がない。空気のなかで、言葉より先に倍音が生まれる。


  ひとつ息を置いて 羽化する音

  まだ濡れた 翼をたたんでいる

  光に触れたら ほどけていく

  ここにいる あなたへと




 歌は喉ではなく背中から。息を一拍手前に置く、いつもの合図。客席の“ざわめきの糸”が一本ずつほどけ、静けさが増える。『風』で走った体温が、いまゆっくり降りてくる。


 弥生のコードは羽の筋。一本一本のストロークが中骨のように形を与え、彩月のガンクは薄い膜。周縁を叩く音が羽の縁を光らせる。六条は影を描かない。空白を描く。最後の小節でだけ、一筆だけ輪郭を置いた。五十嵐は極小のリムショット――コツ。言葉の輪郭を整える線香の火。


  いま ふくらむ

  まだ名前のない 羽ばたき

  触れたら 消える

  だから 聴いて




 (音は、怖い。けど今は――やさしい)

 言葉の手前で、音が先に居場所を作ってくれる。“インストになるな”って言われ続けてきた。でもこの曲は、歌が音の後ろに立っても成立する。音の羽化――その名のとおりだ。


 間奏。弥生がアルペジオの粒を一つ増やし、彩月が周縁をすべる。六条がボリューム奏法で極細の線を描き、五十嵐は呼吸の周期だけを保つ。


 サビ。


  ねえ 生まれたばかりの

  音の羽で あなたへ行く

  ほどけては 重なって

  まだ 空の途中




 何人かが、息を合わせてうなずいた。拍手は起こらない。起こさせない。最後の語尾だけ、弥生のハーモニクスが天井へ上がり、消え際の音が羽の粉みたいに舞う。


 静かな拍手。さっきまでの熱と違う、“聴いた”人の拍手だ。僕は胸の奥で小さく頷いた。(ありがとう。二人の曲、ちゃんと届いた)



「最後の曲です」

 「えー!」が少し嬉しい。


「部室で何度も鳴らした、僕らの中心。『重力』」

 弥生が微調整し、六条がボリュームを絞る。彩月はガンクの中央に手を置き、五十嵐はパッドに触れず息を見る。八神先輩は白テープの端をなぞってOKを出した。


 イントロ。ガンクの低い“水”。ぽうん。D-50のCadd9が薄く、六条はクランチを紙一重。僕はGのアルペジオで息を整える。ホールの沈黙が“聴く”の形になる。


  まだ名前のない朝の色を

  ポケットの紙で折りたたむ

  なくしものばかり増えた日々の

  

端っこで 君の笑い声が




 言葉を置くたび、胸の奥が震える。『風』で走り、『羽化』で降り、『重力』で立つ。順番の意味が、今この場でやっと腑に落ちた。

 Bメロ、弥生が三度上を薄く重ねる。鈴鳴りが声の縁を明るくし、彩月の“鈴”が繊細に支える。六条は影を半歩だけ濃くし、五十嵐はコツで縁取った。


 サビ。


  ねえ、重力みたいに

  君の名前が胸に降る

  まだ言葉にならないけど

  この音で 歩ける


 口ずさむ顔がいくつも見える。初見のはずなのに。彩月が目で「背中から」と合図。僕は息を一拍前へ送る。

 二番。五十嵐が低域をそっと支え、床が低く震えた。六条が短いリードを一筆、弥生がストロークで地面を固め、彩月は“鐘”で天井を突く。

 ラストサビ。全員が一気に上げる。六条のワウが叫び、弥生の右手が火を噴く。五十嵐は手数ではなく“太さ”を選び、八神先輩はケーブルを抱えて見守る。彩月は中央を強く叩いて倍音を解放。僕は最後の行を、背中で支えたまま前へ。


  この音で――歩ける!




 完全一致の一瞬。静寂。爆発。歓声の隙間から「ありがとう!」が飛ぶ。胸に手が行く。光がにじむ。

「……やった」

 弥生が肩で息をしながら笑った。

「歌ってよかったでしょ」

 彩月が10%天使で言う。

「ああ」

 僕は頷いた。

「音の居場所、見つかったな」

 六条のぼそりが、妙に優しい。

 拍手はまだ止まない。床が震えている。これは地震じゃなく、拍手の波だ。

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