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だから僕は普通に音楽がしたい。  作者: Kei-ichi
第4章 冬のリハと決意
23/26

八神先輩の“ケーブル道”/初めての通し練習/夜の独り練習/雪の朝、再び歩き出す

 部屋の隅では八神先輩がケーブルを黙々と巻いていた。白いテープを貼り、角度をきれいに整え、まるで芸術作品のように仕上げていく。

「ライブはケーブルで決まる」

 誰にともなく呟いた。

「絡まなければ音は死なない。死ななければ、演奏も生きる」

「怖いこと言わないで!」

 弥生が笑いながら突っ込む。

 でも、先輩の言葉には妙な説得力があった。ケーブルが流れる血管なら、音楽はきっとその先の心臓で鳴る。



「じゃ、一回通してみようか」

 弥生がギターを構え、五十嵐がPCの録音ボタンを押す。六条は歪みを控えめに、彩月はガンクを中央で鳴らす。

 僕は深呼吸して、マイクの前に立った。

 イントロ。ガンクの低音、D-50のストローク、エレキの影、アコギの響き。

 声を重ねる。


  まだ名前のない朝の色を

  ポケットの紙で折りたたむ


 歌いながら、指先が少し震えた。でも、音は前に進む。


 サビ。


  ねえ、重力みたいに

  君の名前が胸に降る


 声が天井で跳ね返り、耳に戻る。視界の端で、弥生が笑って頷いた。彩月がガンクを叩きながら目で「いける」と言ってくる。六条の音が影を添え、五十嵐のリズムが地面を固める。八神先輩はケーブルを押さえたまま静かに見守っている。

 最後まで通し終わった瞬間、部屋に拍手が起きた。僕ら自身の。

「……悪くない」

 六条が小さく呟いた。

「いや、めっちゃ良かったよ!」

 弥生が興奮気味に叫ぶ。

 僕の胸の奥は、まだ熱く震えていた。



 家に帰っても眠れず、布団の中でコードを指でなぞった。窓の外では雪が静かに積もっている。

 胸ポケットから退部届を取り出す。白い紙。何度も折り目をつけ、角が少し丸くなっていた。

「……ほんとに出すのか」

 問いかけても答えは返ってこない。

 でも、今日の音の余韻が、まだ耳に残っていた。彩月のガンク、弥生の笑顔、六条の影、五十嵐の冷静、八神先輩のケーブル、先生の刃物みたいな言葉。

 あの中で歌った時だけ、僕は確かに“居場所”を持てた。

 紙をそっと机に戻す。

 決断は、まだ先でいい。



 翌朝、通学路に雪が残っていた。靴の裏がきゅっきゅっと鳴る。冷たい空気を吸い込むと、胸の奥まで透き通る。

 学校に着くと、弥生が手を振った。

「おはよ! 今日も合わせようね」

 彩月がにこりと笑ってガンクのケースを抱えている。六条はぶっきらぼうに「遅い」と言い、五十嵐は淡々とPCを掲げる。八神先輩はケーブルの袋を肩に担いでいた。

 その光景を見ただけで、胸の奥の迷いが一瞬だけ軽くなった。

 音の中でなら、きっと答えは出せる。

 そう思いながら、僕は音楽室へと歩き出した。


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