雪混じりの放課後/曲順をめぐる議論/れい子先生の指導
放課後の音楽室は、曇りガラス越しに白い光を受けていた。窓の外では細かい雪がちらついている。ヒーターの音が低く響き、吐く息はもう白くないけれど、指先に触れる弦の冷たさで冬を実感する。
「……っ、うわ、やっぱ冷たい」
僕はアコギを抱え直し、軽くストロークを鳴らす。音の立ち上がりが少し硬い。
「新品のエリクサーだろ、それ」
六条六条が呟いた。彼はエレキを膝に抱え、足元のエフェクターを調整している。いつもの無表情だけど、指先の動きは繊細だ。
「そう。鈴鳴りは最高だけど、手がついていかない」
「じゃあ練習あるのみ」
ぶっきらぼうだけど、正論だった。
弥生はアコギのD-50を抱え、ストロークのリズムを刻んでいる。彼女の音は、相変わらず軽やかで、部屋の空気を一気に柔らかくする。
「ねえ、次のリハ、セットリスト決めないと」
彩月がガンクを膝に乗せ、ぽうん、と柔らかく叩いた。鉄の薄い板から生まれる倍音は、どこか水のように広がる。
「文化祭まで、あと一か月もない」
五十嵐五十嵐がノートPCを広げ、画面をスクロールしながら言った。冷静で事務的。けれど声の端にはわずかな高揚が混じる。
「退部届は?」
八神先輩の低い声。ケーブルを整えながらちらりと僕を見る。
「まだ……持ってる」
胸ポケットの紙切れが、じわりと重く感じた。
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「最初はキャッチーなやつだな」
六条がコードを軽く鳴らす。
「インストでも掴めるけど、やっぱ歌で始めた方がいい」
「私は“風を追いかけて”推し」
弥生が即答する。
「テンポ108。歩く速さよりちょっと早いから、ノリやすいよ」
「でも、それだけじゃ弱い」
彩月が言葉を挟む。
「途中にバラード入れて、空気を変えたい。……たとえば“重力”」
僕の胸の奥が反応した。弥生の曲で、僕が初めて本気で歌いたいと思った歌。
「最後に“重力”っていうのは……悪くない」
五十嵐がメモを打ちながら言う。
「構成として、盛り上がって静めて、また上げる流れになる」
「じゃ、真ん中にオリジナル新曲を入れよう」
弥生が声を弾ませる。
「“音の羽化”」
「まだ未完成だろ」
六条が眉をひそめる。
「でも、磨けば間に合う」
彩月が静かに重ねた。
「言葉は、もうできてるから」
僕は無言でうなずいた。頭の中に、未完成の旋律が確かに鳴っていた。
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「はいはい、盛り上がってるとこごめんなさーい」
ふわふわした声とともに神前れい子先生が現れた。ミント色のカーディガンを羽織り、背中に赤いPRSを背負っている。笑顔は柔らかいが、PRSの金属パーツがやたら鋭く光って見えた。
「ライブってねー、最初の8小節で決まると、個人的には思いますよー」
「8小節?」
僕が聞き返すと、先生はうんうんとうなずいた。
「観客の耳がこちらに向くかどうかは、ほんとに最初の数秒。そこで世界を作れるかどうか。……七海くん、歌わなきゃインストになりますよー」
まただ。何度も言われてきた言葉。喉の奥がひりつく。
「声、飛ばせるように練習しときましょうねー。空気の重さに負けないで」
その言葉は、刃物のようでいて、不思議と温かい。僕はうなずくしかなかった。




