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だから僕は普通に音楽がしたい。  作者: Kei-ichi
第3章 文化祭、火種
21/26

予兆

 その週の木曜。

 生徒会掲示板に“文化祭参加団体一覧”が貼り出された。総音研の名前は、ちゃんとそこにあった。


 同時に、軽音部のバンド名が三つ。しかも太字で目立つ位置。廊下に人だかりができ、指差しと歓声が交錯する。


「人気すごいね」

 僕が呟くと、三ヶ尻弥生が頷いた。

「うん。軽音部は“正統派ライブ”。私たちは“変人の集まり”。住み分け、完璧」

「もうちょっと言い方を柔らかく」

 笑いながら注意するけど、その頬はほんのり赤い。自分の“好き”を全力で披露する準備ができている顔だった。

 八神が掲示を斜めに見て、肩で息をする。

「配線図、二系統用意しよう。混線保険」

「保険の段階で専門用語が厳つい」

 神前れい子先生がふわっと挟む。

「住み分けじゃなく共存ですねー。回路も心も別系統でー」

 その言葉に、空気が一瞬やわらぐ。

 五十嵐五十嵐がスマホをちらり。

「天気、当日だけ微妙」

「いや、言うな、それは」

「言いました」

 瀬川彩月が、ほんの十分の一だけ天使の顔で言った。

「大丈夫。最悪でも、私たちは鳴らす」

 その言葉は宣戦布告か、それとも祈りか。

 どちらにせよ、胸の奥がふるりと鳴った。



 金曜の放課後。理科準備室での電源相談も済ませた。理科の先生は意外とノリがよく、「ここからなら引けるよ」と延長コードを貸してくれた。

 その足で廊下を戻る。夕陽がガラス窓に斜めの帯を作り、砂ぼこりにオレンジを溶かしていた。

「これで、準備は一旦揃ったね」

 彩月が両腕を伸ばし、背筋を鳴らす。いつも冷静な彼女にしては珍しく、少し子供っぽい仕草。

「本番は二週間後。……楽しみ」

「怖い、は?」

「怖い、も」

 あっさりと言い切る。僕は思わず笑う。

「やっぱり詩人だよな」

「事実しか言ってない」

 ふっと笑った彼女の横顔に、天使の割合がほんの三割ほど浮かんだ気がした。

 部室の扉を開けると、待っていたのはやっぱり――。

「お疲れさまですねー」

 神前れい子先生。いつものミント色のカーディガン姿のまま、PRS SEをもう肩に背負っていた。準備が早すぎる。

「提出完了です」

「よかったですねー。じゃあ、来週から“本番用五分”を作り込みましょうねー。タイム、クリックなし。空気でいきますねー」

「クリックなし、なんですね」

「はいー。学校は会場。会場は生き物。生き物にクリック、合いませんねー」

 のんびり声なのに、内容は鋭い。さすが“ギャップの人”。

 六条がギターを抱え直し、短く手を上げる。

「空間系、薄く当てるの、俺やる」

「私はCadd9、アタック薄めで」

 三ヶ尻弥生がD-50をチューニングしながら即答する。音に触れるたび、その頬がほんのり熱を帯びていく。

「私は“鈴鳴り”、短めに」

 瀬川彩月がガンクの“水”を撫でるように叩く。目を閉じて、音を想像するその姿は凛としていた。

「私は倍音の席を広げる」

 八神は導線を床に這わせ、黄色テープで丁寧に固定する。

「ケーブルの通り道は生命線。絡ませない」

 五十嵐五十嵐は机に“録らない札”を置いた。

「練習はすべて非アーカイブ。記録しない代わりに耳に残す」

 れい子先生が、にこにこしながら刀みたいに言い放つ。

「はい。じゃあ、いつも通り――本気で、普通に、いきますねー」

 部屋の空気が、すっと張りつめる。

 僕はストラップを肩にかける。ギターを抱える、その動作ひとつで胸のざわつきが音に変わる。

 胸ポケットの退部届、まだそこにある。

 でも、今は触らない。触ったら、この音が止まる気がしたから。

 弦に指を置く。Cadd9。

 息を吸う。

 五分の世界は、もう始まっている。


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