退部届の重み
立ち上がると、白いベンチの背板が“こつん”と乾いた音で指をはね返した。
その小さな衝撃が、骨を通って手首に残る。
――ただの音。けれど、なぜか胸の奥をきゅっと締め付けてくる。
(これが“青春の一ページ”なら、読み飛ばしていいのに)
(……そうであってほしいのに)
制服のポケットに忍ばせてある、折り畳まれた一枚の紙。
角が少しだけ立っていて、歩くたびに太腿に軽く当たる。
その感触が、心臓の鼓動とリンクしているみたいだった。
退部届。
出せば楽になる。出せば“普通”に戻れる。
でも、まだ。指先は紙から離れたままだ。
「夏樹ー! はやく!」
三ヶ尻弥生が、砂利の上を軽快に歩き出す。ショートボブがリズムよく跳ねる。
「……うん」
僕は小さく返事をして、彼女の背を追った。
隣では、彩月が鞄の口をきっちり閉め直し、丸いガンクを抱き直している。
その腕の中で、まるで赤ん坊みたいに安定して収まるその姿に、妙な温度を覚えた。
音を抱いている――そんな言葉が頭をよぎる。
桜の木の影は、もう僕の足元を抜け出して、スロープの上に伸びていた。
その影に飲み込まれるように、僕ら三人はA棟へと向かう。
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