生徒会からの通達/議題はカオス
翌週の月曜、昼休み。
チャイムが鳴り終わるより早く、校内放送が流れた。
『生徒会より。文化祭の出展申請は金曜16時〆切です。クラス企画とは別に、部活動・有志企画の申請も同時に受け付けます』
教室の空気が一段ざわつく。背中越しに「屋台」「お化け」「コスプレ」といった単語がいっせいに弾けた。
僕は窓際の席で、箸の先にぶら下がった焼売を口に放り込む。普通の昼。普通の腹具合。普通のはず――なのに、胸の奥だけが妙にざわついていた。
机にコツン、と弁当箱が置かれる。
瀬川彩月。相変わらず涼しい顔で、相変わらず鞄は常に容量オーバー。
「文化祭、出すよ」
「今の“よ”は命令形?」
「勧誘。……でも来なかったら噂を流す」
「実質強制じゃねぇか」
「総音研、今年は“展示+ミニ実演”でいきたいの」
涼しい声に熱を隠している。こういう言い切り方をするときの彼女は強い。
そこへ黒髪ショートが勢いよく滑り込む。三ヶ尻弥生。
「展示ってさ、ジャパニーズ・ヴィンテージの見本市! アリア、モーリス、ヤマキ、ヘッドウェイ、津田ベースに寺田工房系も――」
「単語の圧が強い」
「圧は正義!」
机端で小刻みに跳ねる仕草が子犬みたいで、僕の箸は危うく味噌汁にダイブしかけた。
「で、夏樹くんは?」
「クラスの出し物の準備とかさ。掛け持ち厳しくない?」
「大丈夫。総音研は“いつも通り”濃度が高いから。人数は薄くても回る」
「安心できるのかそれ」
結局、放課後に部室で“文化祭会議”。普通に見えて、ちょっとだけ横滑りする流れ――まさに総音研らしい。
■
防音扉が重たく閉まる。吸音材の壁、黄色テープの導線、レモンオイルの匂い。
机のコの字の外側には、いつもの顔ぶれ。
ケーブルの山が、もぞり、と動く。
「やあ、文化祭の話だね」
八神陽斗。毎度のことながら出土の仕方がスリリングだ。
「なんでいつもケーブルの山から出てくるんですか」
「細かいことは気にするなよ。ケーブルは大地。ぼくは芽」
「スローガン化するのやめて」
すらっと長い影が立ち上がる。六条六条。ストラトを抱える、筋金入りのエフェクター沼。
「企画は? ライブ? 展示? 配線?」
「最後、語感が近いだけで中身が違う」
机の隅ではノートPCのDAWが虹色に点滅している。五十嵐五十嵐。
「電源回路図、借りられるかな。教室電源のノイズ対策を先に――」
「頼むから“準備段階で他クラスより電気詳しい団体”にならないで」
最後にふわり。
「おじゃましまーす」
神前れい子先生。ミント色カーディガンに花柄ワンピ。柔らかい声に反して、肩にはPRS SE。ロック式の金属パーツがぎらりと光る。
「文化祭ですねー。楽しみですねー。でも電源は分けましょうねー。ベースのアンプと照明同じ回路、ダメ、絶対ですねー」
言ってることだけは刃物みたい。ギャップの人、健在。
「じゃ、議題」
彩月が手を打つ。涼しい声に熱を秘めて。
〈倍音〉
「展示:倍音楽器の触って学べるコーナー。ハンドパン(ガンク)、スチールパン、グロッケン、ハンドベル、マウスボウ。安全に、丁寧に、誘惑的に」
「最後の言葉の選び方」
「実演:五分ミニ。D-50の鈴鳴り、ガンクの“水”、アコギCadd9の開放感。順番に重ねる。終わったら拍手と同時に撤収。逃げ足は速く」
「コソ泥の段取りじゃん」
〈ヴィンテージ〉
弥生が身を乗り出す。瞳が宝石みたいに輝いていた。
「展示:Jヴィンテージの系統図! 70’sから90’s、アリア、モーリス、ヤマキ、K.YAIRI、ヘッドウェイ、キャッツアイ、寺田工房OEMの派生……D-28系だけじゃなく、ドレッドとOOO、マホとローズの音の違いも! 実器はD-50中心に数本。触れるのは一本だけ。消毒、手袋、クロス必須!」
「その段取りの厳しさは、もはや国宝展」
〈配線〉
八神が胸にケーブルを交差させて仁王立ち。
「導線は黄色テープで誘導。音声はモノラル“良いモノ”。ケーブルは短距離低容量。電源は別系統。ケーブルは恋人、絡ませるな」
「それ貼り紙にして入口に飾る?」
「いいね」
〈録音〉
五十嵐が画面を回す。
「録音:展示中の音を一曲だけアーカイブ。XY二本、48kHz/24bit。録る時は“録ってます”の札を立てる。雨天時の代替動線、騒音クレーム時は“音量地図”を掲示」
「“音量地図”って何」
「ここがうるさい、ここは安全、が一目で分かる地図」
〈空間系〉
六条が指を一本立てる。
「演奏枠の最後に、エフェクターで“空間系ひとふり”。リバーブは薄氷、ショートディレイは吐息だけ。彩月がヨダレ天使化する」
「予告すんな」
れい子先生がふにゃっと笑う。
「いいですねー。じゃあ提出書類“責任者・神前”で出しますねー。…でもひとつだけ」
「なんですか」
「“時間を守る”が全部の上に来ますねー。音楽は自由。でも学校は社会ですねー」
刀みたいな当たり前を、のんびり声で差し出す。全員、無言で頷くしかなかった。




