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丸い鍋、ではない
彩月は指を軽く湿らせ、縁をとん、と弾いた。
ぽうん。
空気が一瞬だけ広がり、その音のために席を空けて座る。倍音の揺れは、ふくらはぎから背中へ、見えない波が撫でるみたいに移動した。
「はい、まず注意。これは、鍋ではありません」
彩月が指を一本立てる。
「分かってる、ガンクだろ」
僕が言うより早く、弥生がうんうんと頷く。
「学校にあるのはガンク。新宿で彩月さんが叩いてたのはスチールパン。親戚筋だけど作りも鳴りも別物」
「正解。弥生ちゃんには飴をあげたい」
「僕には?」
「飴の在庫は有限」
「資源がシビア」
彩月はガンクの面を手のひらで撫で、指の腹で浅く叩く。
ぱん、と鳴らす直前に押さえ、立ち上がりを丸く包んでから放つ。ガラス杯の縁に落ちる一滴みたいな柔らかいきしみが乗る。
「ここは“鈴”。ここは“鐘”。ここは“水”。……概念に共犯して」
「概念に共犯は怖いな」
「でも、今の“水”は分かったでしょ?」
悔しいけれど、頷く。
「分かるのが悔しいの、いい反応」
そのとき。ドア脇のスチール棚の陰で、小さな咳払いがした。
振り向くと、ケーブルの山――本当に“山”――が、もぞり、と動いた。




