夜明けの空
1945年・俺15歳・呉
夜明け前の空は、妙に静かだった。
風もなく、雲もなく、ただ広がる蒼。
俺は、作戦室の窓からその空を見上げていた。
「……来るぞ」
サイパン島から飛び立ったB-29――エノラ・ゲイ。
原爆を積んで、広島へ向かう。
その航路は、俺が描いた空の地図の通りだった。
「迎撃機、発進準備完了です!」
通信兵の声が、緊張で少し震えていた。
俺は頷く。
「全機、予定通りのルートで。通信妨害は、俺の合図で開始」
迎撃機は、俺が設計した改良型震電。
未来技術を応用した高高度対応型。
この時代の限界を、俺の知識で押し広げた機体だ。
「坂上少尉、敵機の位置、確認しました!」
レーダー班が叫ぶ。
俺は、地図の上に指を走らせる。
「……今だ。通信妨害、開始!」
ジャミング装置が起動し、敵の通信が遮断される。
エノラ・ゲイは、孤立した。
そして、俺たちの迎撃機が、空へと舞い上がる。
「頼むぞ……」
俺は、祈るような気持ちで空を見た。
この作戦が失敗すれば、広島は焼かれる。
何万人もの命が、消える。
でも、俺は信じていた。
この時代に生まれた意味を。
茜と交わした誓いを。
「次の人生で、世界を変えよう」
その言葉が、俺の中で燃えていた。
そして――
「敵機、撃墜確認!」
その報告が届いた瞬間、作戦室が揺れた。
歓声でも、驚きでもない。
ただ、静かな安堵が広がった。
俺は、窓の外を見た。
夜が、明けていた。
蒼い空に、朝日が差し込んでいた。
「……守った、か」
俺は、拳を握った。
この手で、未来を変えた。
小さな一歩かもしれない。
でも、確かに世界は動いた。
「坂上少尉、これで……戦争の流れが変わるかもしれませんね」
「変えるんだよ。俺たちで」
その言葉に、誰も笑わなかった。
それは、夢物語じゃない。
現実の話だった。
俺は、空を見上げた。
その向こうに、茜がいる気がした。
彼女も、きっとこの空を見ている。
「茜……俺は、やったぞ」
心の中で、そう呟いた。
そして、次の計画へと、俺は歩き出す。
それから数日後――
広島への原爆投下は、未遂に終わった。
米軍は沈黙を保ち、報道は「作戦中止」とだけ伝えた。
だが、俺たちは知っていた。
あの空で、確かに未来が変わったことを。
ソ連は予定通り参戦し、満州の戦線は急速に崩壊。
米国は原爆の威力を示せなかったことで、戦争終結の主導権を失い、
日本は、より穏健な条件で降伏を選んだ。
ポツダム宣言は、修正された。
「無条件降伏」ではなく、「体制の再構築と国民の保護」が明記された。
そして――
冷戦は、始まらなかった。
米ソは、互いに核の実戦使用を回避したことで、
「対話による均衡」を模索する道を選んだ。
世界は、分断されなかった。
少なくとも、今はまだ。
俺は、作戦室の地図を見つめながら、静かに息を吐いた。
「これが……俺たちの一撃の意味か」
小さな拳が、世界の歯車を動かした。
そしてその歯車は、まだ回り続けている。