暗号と空の地図
1943年・俺13歳・東京
俺は、軍に呼ばれた。
正式な任命ではない。あくまで「技術的助言を求めたい」という名目だった。
だが、俺にとっては十分だった。
この国の中枢に足を踏み入れる、その第一歩としては。
「君は……本当に、独学なのか?」
軍の技術将校が、俺の書いたレポートを見て目を丸くしていた。
レーダーの原理、IFFの構造、航路予測のアルゴリズム。
それらを、俺はすべて紙と鉛筆で再現してみせた。
「はい。趣味の延長です」
俺は、そう答えた。
嘘ではない。だが、真実の半分しか語っていない。
俺は、未来を知っている。
そして、未来の技術をこの時代に持ち込むために、ずっと準備してきた。
軍は、俺の提案に驚きながらも、興味を示した。
特に、暗号通信の解析と航空管制の改良には強い関心を持っていた。
「敵の通信を傍受できれば、戦況は大きく変わる」
「ですが、傍受するだけでは意味がありません。解読し、行動に変換できなければ」
俺は、エニグマの構造を思い出しながら、独自の解読モデルを組み立てた。
この時代には存在しないはずの概念――「鍵長の動的変化」「周波数解析」「パターン予測」――を、俺は紙上に描いた。
そして、航空管制。
俺は、レーダーの精度を上げるための改良案を提出した。
送信波の周波数、反射角の補正、地形による干渉の除去。
それらを組み合わせることで、敵機の航路を高精度で予測できるようになる。
「この技術が完成すれば、敵の爆撃機を迎撃できる可能性がある」
俺は、そう言った。
それは、ただの仮説ではなかった。
俺の中には、ある確信があった。
――エノラ・ゲイ。
未来の記憶が、俺に警告を発していた。
1945年8月6日、広島に原爆を投下するB-29。
その機体の名を、俺は知っている。
「今のうちに、準備を始めなければ間に合わない」
俺は、軍の技術班に協力する形で、暗号傍受と航空管制のシステム構築に関与することになった。
表向きは「若き天才の実験的協力」。
だが、俺の目的はもっと深い。
俺は、空の地図を描いていた。
敵機の航路、通信の傾向、迎撃のタイミング。
それらを、未来の知識と現在の技術で結びつける。
「茜……お前も、動いているか?」
彼女のことを思うたび、胸が熱くなる。
再会はまだ果たせていない。
でも、俺たちは同じ空を見ているはずだ。
この空を、変えるために。
この世界を、守るために。
俺は、紙の上に描いた空の地図を見つめながら、静かに誓った。
「俺は、必ず間に合わせる。あの機体を、撃ち落とす」