目覚めた赤子
1930年・俺0歳・東京
目が覚めた瞬間、俺は泣いた。
いや、泣かされた。
肺が焼けるように痛くて、喉が裂けるほど叫んだ。
それが「生まれる」ということだと、俺はすぐに理解した。
俺は、赤ん坊として転生した。
場所は東京。時代は昭和5年――1930年。
記憶はある。断片的だけど、確かにある。
航空管制、暗号通信、電子戦、茜の瞳。
全部、俺の中に残っていた。
「碧ちゃん……元気な子ねぇ」
母親の声が、耳に優しく響いた。
黒髪で、丸い目をした女性。
俺を抱き上げる腕は、温かくて、柔らかかった。
俺は、赤子として生まれた。
でも、頭の中には30歳の俺がいる。
この違和感は、言葉にできないほど奇妙だった。
視界はぼやけていて、音はくぐもっていた。
でも、俺の中には確かに「俺」がいた。
そして、俺は思った。
――これは、チャンスだ。
この時代なら、まだ間に合う。
戦争も、原爆も、出版の腐敗も、全部始まっていない。
俺が知っている未来は、まだ誰も知らない。
「俺が、変える」
そう思った瞬間、身体が震えた。
赤ん坊の身体は、思った以上に不自由だった。
手足は動かないし、言葉も出ない。
でも、意識だけは妙に冴えていた。
俺は、泣くのをやめた。
母親は驚いたように俺を見つめた。
赤ん坊が急に泣き止むなんて、確かに不自然だろう。
でも、俺はもう泣かない。
この世界で、俺はやるべきことがある。
茜との誓いを、果たすために。
「茜……お前も、どこかで目覚めてるのか?」
彼女の顔が、記憶の中で揺れた。
黒髪ショートボブ、前髪重め、繊細な目元。
あの夜の瞳が、俺の中で光っていた。
俺は、赤子として目覚めた。
でも、俺の中には未来がある。
この時代に、俺は未来を持ち込む。
そして、世界を変える。
俺たちの誓いを、現実にするために。