帝国銀行員ポール②
チェスター様が応接室に入り、俺達は通常の仕事に戻る。
暫くすると、支店長が俺を呼びに来た。
何だ?
俺は成績を調整している、今までも支店長から話し掛けられた事など、ほんの数回しかない。
支店長が「チェスター様がお呼びだ。すぐに応接室に行きたまえ!」
「分かっていると思うが、もし万が一チェスター様から専属担当の話があっても断るんだそ!」
他の職員に聞かれない様に、耳打ちされた。
俺は目立ちたく無い。
言われなくても断るに決まっている。
俺は支店長の横を通り抜けて、応接室に入った。
応接室に入り、チェスター様の話を聞く。
チェスター様は、俺を専属担当にするつもりらしい。
不味いぞ。
何としても断らなければ…
しかし、それは無駄だった。
チェスター様は、俺が成績をセーブしている事をお見通しみたいだった。
それに、発表前の婚約の話まで。
俺を信用していると共に、こんな重要な話を聞いたら、もう断れない。
それに婚約する相手は、実家の寄親ワグナー公爵家だ。
断れば実家に迷惑がかかるかも知れない。
でも逆に、チャンスでもある。
チェスター様と婚約が成立すれば、ワグナー公爵家の信用が上がる。
チェスター様とワグナー公爵家。
俺を潰そうと、ちょっかいを掛けてくるバカな上位貴族の関係者は、居なくなるだろう。
チェスター様が言う様に、よほどの実力者か、愚か者だけだ。
どうせ断れないと悟った俺は、資金運用の話をする。
すると、チェスター様から予想外の言葉が返ってくる。
無理に利益を上げなくても良いと…
赤字にならなければそれで良いと。
俺に必要以上のプレッシャーを与えない様にとの気遣いだろう。
俺は帝国銀行に入ってから、上位貴族の関係者達の横暴な姿を何度も見てきた。
この人は皇子なのに、横暴な態度を取る事もない。
素晴らしい人格者だ。
俺はこの人の為に、全力で答えよう。
そう心に誓った。
チェスター様が帰ると、支店長が俺を呼ぶ。
「チェスター様の専属担当になったんだね。ああ、そうだ。良かったら今夜は一緒に夕食でもどうだね?」支店長が俺を誘う。
支店長の実家は伯爵家。
それも中立派だ。
俺を自分の派閥に率いれて、チェスター様の情報を実家に伝えるのだろう。
見え見えだ。
「せっかくお誘い頂いたのですが、予定があるので…失礼します」
俺は支店長から離れて、自分の席に向かって歩き出すと、支店長が舌打ちしたのが聞こえた。
その後も、いろいろな人達から誘われた。
特に厄介だったのは、頭取と副頭取だ。
頭取は門閥貴族の出身で、実家は第2皇子のハルベルト様の派閥。
そして副頭取は、新興貴族家の出身で、実家は第1皇子のゲルハルト様の派閥。
噂では、第1皇子派と第2皇子派が、次期皇帝争いをしているらしい。
第3皇子は、下級貴族家が多く、質も量も足りず、問題外だとみんな口を揃える。
しかし、第4皇子のチェスター様の派閥は、鉄の結束を誇り、また、チェスター様を支える貴族も上位貴族を中心に、かなりの家が参加しているそうだ。
つまり、チェスター様が支持した方が、次期皇帝争いが圧倒的に有利になる。
だから、第1皇子派も第2皇子派も、第4皇子のチェスター様を仲間に引き込もうと必死なんだと、平民出身の情報通の同僚が教えてくれる。
頭取も副頭取も、実家からの指示も無く、勝手にチェスター様と関わって、もし粗相でもしたら、首をすげ替えられる。
だから、どちらもチェスター様と距離を取り、牽制しあっているらしい。
まあ、俺にはどうでも良い事だ。
それより、チェスター様の指示も無く、俺が勝手に他の派閥に入る訳にはいかない。
だから、その手の誘いは、すべて断った。
俺がチェスター様の専属担当になると、個室を与えられた。
机の周りに数台のディスプレイを設定。
株式市場や債券市場。
それに、商品取引市場を別々の画面に表示する。
帝国の商品取引市場で、大きい市場は2種類。
穀物市場と金属市場だ。
帝国の首都星には、数え切れない程の人が暮らしている。
市民権を持つ者もいれば、不法移民もいる。
それらの胃袋を満たさなければならない。
だから取引される穀物の量も莫大だ。
それと、金属市場。
帝国軍が、近々新型艦の建造を開始する噂もある。
新型艦の建造が始まったら、大量の金属、特にミスリル等の魔法金属が必要になる。
俺は市場の動向を見ながら、売買を行った。
そして、数日後に信じられない事が起きた。
チェスター様の口座に、俺の知らない多額の入金があったのだ。
何だ!
何が起こった!




