逃げちゃだめだ
‐立場って何のためにあるの?‐
ー次の日
変な夢を見て目が覚めた。
内容はもう思い出せないけど、やけにリアルで、胸のあたりに何かが沈んでいる。
無意識のうちに、何かを恐れてる。そんな気がした。
(夢だったらよかったのに…)
昨夜、ミサキ先輩から来たLINEを読み返し、ふと愚痴をこぼした。
役職と売上以外は先輩であるカズキ先輩と話すのはいつも心が疲れる。
「でも行くしかねえか…」
覚悟を決めたようにベッドを飛び出し、シャワーを浴びた。
髪を乾かして、お客さんにLINEを送る。
「体調悪くて連絡遅れてごめんよ~!ラッキーなご報告です。
なんと、今日、オープンからいます(笑)」
送信。
昔から営業は苦手だった。
「ホストっていうのは、呼んできてもらう場所じゃない。行きたいと思わせる場所なんだ」
これは俺がホストを始めた時に先輩に言われた一言だ。
随分と時代に合っていない気もするが、これは俺にとって美学みたいなものだった。
いつもは着ないが、今日はなぜか白のスーツを選んだ。
最近のホストは私服が主流だが、俺にとってはこれが戦闘服。
THEホストっていう感じがして、街を歩く時も自信が出る。
時代に取り残されている気がしたが
目立ってなんぼの世界では、異端であればあるほどにいいと信じている。
ーーー
自分を変身させるかのごとく、全身に大量の香水をふりかけ、少し早めに家を出た。
まだ日が高い。繁華街の空気はざわつく前の静けさをまとっていて、
どこか自分だけが未来に置いてけぼりにされたような気分になる。
この時間から店に出るのはいつぶりだろう。
ヘアメイクを終えて、店に着くと、エントランスで掃除をしているユウとすれ違った。
目が合ったような、合っていないような顔で首だけ頭を下げてきた。
「お疲れ」
小さく言うと、ユウは少し間を置いてから「お疲れ様です」と返した。
感情が見えない、音のない挨拶だった。
しばらくして、今度はカズキ先輩が出勤してきた。
こちらには目すら向けず、電話中のふりをして通り過ぎた。
……まあ、想定内だ。
とにかく一回、ミサキ先輩のところへ行こう。
今は、感情よりも状況を知るのが優先事項な気がした
⸻
バックヤードへ向かうと、ミサキ先輩は帳簿を眺めていた。
俺が声をかけると、少し驚いたような顔をして、それからすぐに笑った。
「昨日、急に連絡ごめんね!体調悪かったのに…」
「あぁ、あれ仮病なんで大丈夫っすよ!それで…?」
ミサキ先輩は椅子を引いて、隣をポンと叩いた。
そこに腰を下ろしてから、昨夜の状況を説明してもらった。
俺の予想は、おおむねで正しかった。
カズキ先輩の挨拶への注意に対して、ユウが反抗的な一面を見せたようだ。
ユウもお酒が入っていて、かなり口調が荒かったようだ。
「……で、ミサキ先輩はどう見ます?」
ミサキ先輩はしばらく黙ってから、静かに口を開いた。
「カズキの言い方にも問題があると思う。それを差し引いても、お酒を飲んだ状態で先輩に対して、
あのモノの言い方はちょっと良くないと思ったかな。」
なんだか時計の位置が気に入らなくて腕を振った。
「根本的な問題はそこじゃない気がするんですよね…。でも、ありがとうございます!」
ミサキ先輩にお礼を言って、控室を出た。
⸻
次に向かったのはユウだった。
「話せるか?」
俺が声をかけると、ユウは少し警戒したような顔をしてから、ゆっくりとうなずいた。
「……はい」
VIPルームに入るや否や、ユウは先に口を開いた。
「俺、調子に乗ってました。すいません、こんな早くから出勤させてしまって…」
俺は少しだけ驚いた。
元気があって生意気な新人だと思っていたユウからそんな言葉が出ると思わなかった。
「…そっか。じゃあもうなんも言うことないわ(笑)」
ユウは驚いた顔をした。
「とにかく、まずは売り上げで勝て。お前なら余裕だよ(笑)」
ユウは何とも言えない顔をして、自信なさげに言った
「……勝つっすよ」
ユウに対して、昔の自分を重ねたのかわからないが
こいつは売れる気がする。そう思った。
⸻
(さぁ、ラスボスだ…。)
正直、これが一番気が重い。でも、逃げたら終わりだ。
「カズキ先輩、少し話せますか」
「……ああ」
カズキ先輩は腕を組んで、俺を見た。
「ユウの事ですけど、何があったんですか?」
カズキ先輩は、自分の立場として当然の指導をしただけだと話した。
「俺たちってそんなできた新人でしたっけ?」
家を出る前に考えていた事とは全く違うことを言ってしまった自分に気づいた。
ほぼ、反射ででた言葉に、カズキ先輩の目が細くなる。
「俺思うんですよね。立場って自分のために使っちゃ息苦しいだけだなって…」
「……」
カズキ先輩は何も言わなかった。
何も言えなかったのかもしれない。
「俺たちのできる事って指導じゃないんですよね。
ただモチベーションを上げてあげるだけしかできないんですよ本来。」
自分がまさに今指導している立場な事を隠すように続けた。
「だから、俺たちが教えることは最低限でいいと思うんです。
お客様にだけは、ちゃんと挨拶できるなら俺はそれでいいと思ってます。」
正しいことを言っているのかは分からなかった。
「さすがNo.1。なんも言えないわ」
カズキ先輩は負けたけど負けてないような顔で笑った。
「まぁ、今月は俺がNo.1もらうけどな!!」
「望むところです、ありがとうございました」
ずっと息を止めていたような時間を終えて、俺は一度、店を出た。
階段を上がる途中でスマホが鳴る。
『まじ?ラッキー!今日ちょうど早い時間から飲んでるから後で友達連れていく!
代表特権でイケメン着けてあげて!(笑)』
出勤前に送ったお客さんからの連絡だった。
『イケメンなら俺しか着けないじゃん(笑)気を付けておいでね!』
送ったと同時に既読が付き、返信が来る。
『いや、あんたはまぁまぁブス寄りのブスよ(笑)じゃあまた後で!!』
絶対シャンパン入れてもらおう。そう決意してスマホをしまった。
話す順番にめちゃくちゃ悩みました。
皆さんはどの順番で話しましたか???
立場って本当にややこしいですよね(汗)
入り込んでしまって少々長くなってしまいましたwww
もうこんなシーン書きたくないです(笑)
ちょっと息が詰まったので、次の次あたりで店のみんなでレクレーションでBBQでも行こうと思います。
その時に主人公がなぜホストをやっているのか、少し書けたらな、と思ってます。
お楽しみに!!