挨拶の意味
‐言葉は何のためにある?‐
「おっつれーーっす!!」
店を出た瞬間、入り口の自動ドアの前でユウとすれ違った。
最近入った新人で軽くて生意気だけど子供みたいな奴で
誰とも話したくなかったけどこいつならいいかと思った。
(こいつ…また適当な挨拶してんな笑)
その時嫌なことを思い出した気がした。
「挨拶とか姿勢とか、最近乱れてきていると思います」
俺がいなくなったあと幹部の会議でそんな話があったらしい。
(あ、こいつのことか笑)
と笑ってしまったとほぼ同じぐらいのタイミングで
めんどくさい感情が追い付いてきた気がした。
(めんどくせぇぇぇぇぇえ)
「なんだよその挨拶」
わざと笑って言った。
ユウは何も言わず、にやけたまま軽く会釈だけして通り過ぎた。
その無邪気とも無気力ともつかない態度に、ちょっとだけ救われる瞬間もある。
誰にも期待してない顔。
でもどこかで、誰かに期待されるのを待ってる顔。
(やっぱめんどくせぇわ…)
俺はそのまま、ネオンの残り香が漂う夜の町を歩き出した。
ホストの看板が集まる駐車場を曲がろうとしたとき
一つの看板が目に留まった
「年間最高売上日本記録更新!!5億突破!!!!」
(いや、おかしいだろ笑)
誰よりも負けず嫌いだったはずだったが
不思議と負けた気は一切しなかった。
⸻
“間違っていないことが、正しいとは限らない”
社長の言葉が頭の奥でくすぶってる。
なんとなく納得できそうで、でもどこかで引っかかっている。
(じゃあ、俺があの場で言ったことはなんだったんだろう)
誰かを傷つけたかもしれない。
でも、俺は全員の為を思っていったつもり…。
(…つもり?)
正しさってのは、いつからこんなにも扱いづらいもんになったんだ?
コンビニの前を通りすぎる。
ガラの悪い兄ちゃんが笑いながら缶ビールを蹴っ飛ばしてた。
思ったより遠くまで飛んだみたいで上機嫌になっていた。
俺も少し笑った。
ああ、これもこの町だ。
その先の路地から、スーツを着た女を先頭に
制服みたいなジャンパーを着た集団が出てくる。
都のパトロール隊だった。いわゆる、浄化活動。
彼らは、この街に“正しさ”を持ち込む。
暴力じゃない、でも確かにじわじわと居場所を奪っていく種類の力。
無言の視線と、無言の圧力。
それが一番、人の心を冷やす。
歩きたばこをしていたわけじゃないのに、心臓が小さく跳ねる。
(俺らが“正しくない側”にされるのは、いつからだ?)
大人しくしてたって、正しさは襲ってくる。
正しさってなんだよ。
誰の正しさだよ。
何のための正しさなんだよ。
問いだけが、夜に混じっていく。
⸻
交差点で足を止めた。
赤信号。
でも、誰も渡らない。
信号機の下に、雨粒が残った電光掲示板が光ってる。
「明日も元気に、挨拶を!」
(ヤクザじゃないんだから…笑)
なんだか地元を思い出してふと笑った。
ユウの挨拶がどんなに雑でも、アイツなりにこの街で生きてる。
あの雑さに、ちょっとだけ救われてる俺もいる。
つまりそういうことなんだろう。
“正しさ”が、人を救うとは限らない。