声にならない正義
‐間違っていないことは、正しいことじゃないの?‐
会議室の空気は、息をするのも億劫になるほど澱んでいた。
壁の時計の音だけが響いている。
テーブルを囲むのは幹部連中。
今日は月に一度行われる幹部ミーティングの日だ。
みんな薄々気づいているくせに、それを口にした瞬間
何かが壊れるような気がしているのかいつも通り沈黙を貫いている。
(…一体何のための会議なんだよ)
俺は深呼吸して、言った。
「このままだと、この店、終わりますよ」
一人は目線を上げたように見えたが、言葉は返ってこない。
「もう見て見ぬふりできないですよ、売上だけを基準にして、人を評価する時代じゃない。…俺たちは、もっと人の心を扱ってるんじゃないんですか??」
反応はない。
「そりゃ、黙ってるほうが楽でしょうね。自分の売上だけ守ってりゃいいもんね。俺みたいに正論言って、空気悪くして、面倒な立場になる奴は馬鹿かもしれない」
誰も笑わない。
でも誰も、止もしない。
「でも俺は、馬鹿でいいと思ってる」
静かすぎるぐらい静かな時間が過ぎた。
俺の言葉は、テーブルに置かれたまま誰にも拾われなかった。
「もういいわ」
俺は電話が鳴ったふりをしてその場を離れた。
ー
コンビニから戻ると、社長に呼ばれた。
事務所のソファに座ったまま、社長は煙草を咥えていた。
俺が抜けた後の会議の話を軽く聞かされた。
挨拶とか、姿勢とかもっと気を付けよう、って話だったらしい。
(…くだらねぇ)
「で、なんでしょうか?」
火はつけず、何かを考えてる。
「お前なぁ…」
それだけ言って、しばらく黙ったあと
不意に笑うような、でも怒ってるような声で続けた。
「正しいことだけ言ってりゃ人が動くなら俺も苦労しないのよ」
(…それは正論じゃないのか?)
「わかってます。でも間違ったまま続けたらもっと動かないですよ」
「生きていくっていうのはな、間違いとどう付き合うかって話でもあるんだよ」
社長は、火をつけるでもなく煙草を手でいじりながら言った。
ー 社長とは長い付き合いだ。
ホストを始める前からの先輩で、俺はこの人に憧れてホストを目指した。
だからなのか、この人には思ったことをそのまま言ってしまう。
それが甘えの一種なことも、少しだけ自覚しているつもりだ。
「じゃあ、俺は何も言わずに見て見ぬ振りしろっていうんですか?」
「…言ってねえよ」
一瞬だけ沈黙が流れる。
「ただ、言葉っていうのは、時に誰かのやる気を殺すんだ。お前が何も悪くなくても、相手は傷ついてることもある」
一区切りして社長は続けた
「間違っていないことが、必ずしも正しいわけじゃないんだよ」
その言葉に少しだけ心がざわついた。
俺が望んでいるのは”誰かを従わせること”じゃない。
ただ、みんなで考えるきっかけを投じたかっただけなんだ。
ーー
「お前…孤独になるぞ?」
「もうなってますよとっくに」
「…ああ、そうか」
社長はそれだけ言って、煙草に火をつけた。
白い煙がゆっくりと立ち上って、偶然輪っかを描いた。
「失礼します」
俺は輪っかを壊すようにわざと風を切って歩いた。
ーー
事務所を出たところで、廊下の端に視線を感じた。
誰かが、ずっとこっちを見ていたような気がしたが気のせいだった。
俺はそのまま店を出た。
今日はもう誰とも話したくなかった。
実話をもとに構成されたフィクションですが、限りなくリアルに描いています。
今後も様々な登場人物との出会いを通して
主人公は壊れたままこの町で愛し合う方法を探していきます。
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ホストクラブの実情なども質問していただけると、作品の種になることもあるので
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