真夜中のシーソー
-夢を選ぶって、逃げることですか?‐
「先輩、俺さ……ホスト辞めようかなって思ってて」
リュウがそう言ったのは、閉店後の控室だった。
顔は中の下だが、なぜか売れてる。
ーこいつはいつも、何気ない顔して、ズバッと切り込んでくる。
「親にバレちゃったんすよね(笑)この仕事。 正確には、前から薄々気づいてたっぽいけど」
リュウは笑っていた。
でも、その笑いは“保留”みたいな音がしてた。
「“あんたなら、ちゃんとした仕事に就けるでしょ”って言われてさ」
「たしかにな〜って思っちゃったんすよね。俺、成績もそこそこだったし」
そういえばこいつ毎日大学に行きながらホストやってんだっけ。
「そこそこじゃないだろ。お前、〇〇大だっけ?」
「まぁ、入れたのは運ですよ。あと親の期待が重かったから。 でも、先輩も思いません? この仕事、続けるのって“現実逃避”かもなって」
俺はそのとき、なんて言えばいいのか迷った。
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夢って逃げか?
じゃあ現実って、誰の現実なんだ?
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「リュウさ、お前、たとえば就職して何やりたいの?」
「……んー、特にないっす。 でもこの仕事、やってても先がないのは、なんとなく見えるんですよね。 30とかになってもこのままだったらって、考えるとゾッとするっていうか…」
その言葉、昔の自分が言ってた気がした。
“わかってる感”って、20代の防御力だからな。
「夢って、“向いてるかどうか”で選んでいいんすかね?」
「……」
「正直、俺、向いてると思うんすよ。数字も出てるし、トークも努力してるし。 でも、だからこそなんか、冷めるんすよ。 “やれてしまう”からこそ、本気になったらバカだなって思う自分もいる」
それは、ずるい言い訳だ。
でも、わかりすぎるほどわかる。
「なぁリュウ。たとえば、“夢”って選ぶもんじゃなくてさ、 ……立ってるもんなんじゃね?」
「は?」
「自分の中にもう立っちゃってるもん。 選ぶんじゃなくて、もうそこにあって、ただ“目をそらすかどうか”だけのやつ」
リュウはちょっと黙って、缶コーヒーをプシュっと開けた。
「……だったら、見えなきゃいいのにっすね(笑)」
「そう。見えないやつは、逆に楽だよ」
「どっちが正解なんすか?」
「お前のほうが頭いいんだからわかるだろ」
二人で笑った。深夜2時。
控室の窓の外には、明かりの消えたビルが並んでた。
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「でも、なんか俺、この仕事、嫌いじゃないんすよね」
リュウがポツリと言った。
「俺、理系なんでうまく言えないですけど 本音って、人の形になってく感じあるじゃないすか。 わかります? 嘘つけない人がたまに来てくれると、俺、嬉しいんすよね」
その言葉を聞いて、俺は何も返せなかった。
たぶん、答えなんていらなかったんだろう。
帰り道にキャッチのノイズが俺の違和感に割り込んでくる。
「お兄さん、おっぱいいかがですか~??」
くだらねぇ。俺はNo.1ホストだぞ。
と思った瞬間、その言葉が頭の中で反芻した。
ーちゃんとした仕事、ってなんだよ
俺は煙草に火をつけてなぜか少しだけ威嚇してしまった。
ー
それからしばらくして、リュウはまた普通に出勤してきた。
何も言わずに、前と同じように。
でも、目の奥の光だけが、少し変わっていた。
きっと彼はまだシーソーの途中だ。
だけど、その揺れの中にしか、見えないもんがあるんだろう。
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