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WABISABI- 完成された未完成‐  作者: カスガ・ハラミ
WABISABI-Main Story-
3/13

真夜中のシーソー


-夢を選ぶって、逃げることですか?‐


「先輩、俺さ……ホスト辞めようかなって思ってて」


リュウがそう言ったのは、閉店後の控室だった。


顔は中の下だが、なぜか売れてる。


ーこいつはいつも、何気ない顔して、ズバッと切り込んでくる。


「親にバレちゃったんすよね(笑)この仕事。 正確には、前から薄々気づいてたっぽいけど」


リュウは笑っていた。


でも、その笑いは“保留”みたいな音がしてた。


「“あんたなら、ちゃんとした仕事に就けるでしょ”って言われてさ」


「たしかにな〜って思っちゃったんすよね。俺、成績もそこそこだったし」


そういえばこいつ毎日大学に行きながらホストやってんだっけ。


「そこそこじゃないだろ。お前、〇〇大だっけ?」


「まぁ、入れたのは運ですよ。あと親の期待が重かったから。 でも、先輩も思いません?  この仕事、続けるのって“現実逃避”かもなって」


俺はそのとき、なんて言えばいいのか迷った。



夢って逃げか?


じゃあ現実って、誰の現実なんだ?



「リュウさ、お前、たとえば就職して何やりたいの?」


「……んー、特にないっす。 でもこの仕事、やってても先がないのは、なんとなく見えるんですよね。 30とかになってもこのままだったらって、考えるとゾッとするっていうか…」


その言葉、昔の自分が言ってた気がした。


“わかってる感”って、20代の防御力だからな。


「夢って、“向いてるかどうか”で選んでいいんすかね?」


「……」


「正直、俺、向いてると思うんすよ。数字も出てるし、トークも努力してるし。 でも、だからこそなんか、冷めるんすよ。 “やれてしまう”からこそ、本気になったらバカだなって思う自分もいる」


それは、ずるい言い訳だ。


でも、わかりすぎるほどわかる。


「なぁリュウ。たとえば、“夢”って選ぶもんじゃなくてさ、 ……立ってるもんなんじゃね?」


「は?」


「自分の中にもう立っちゃってるもん。 選ぶんじゃなくて、もうそこにあって、ただ“目をそらすかどうか”だけのやつ」


リュウはちょっと黙って、缶コーヒーをプシュっと開けた。


「……だったら、見えなきゃいいのにっすね(笑)」


「そう。見えないやつは、逆に楽だよ」


「どっちが正解なんすか?」


「お前のほうが頭いいんだからわかるだろ」


二人で笑った。深夜2時。


控室の窓の外には、明かりの消えたビルが並んでた。



「でも、なんか俺、この仕事、嫌いじゃないんすよね」


リュウがポツリと言った。


「俺、理系なんでうまく言えないですけど 本音って、人の形になってく感じあるじゃないすか。 わかります? 嘘つけない人がたまに来てくれると、俺、嬉しいんすよね」


その言葉を聞いて、俺は何も返せなかった。


たぶん、答えなんていらなかったんだろう。


帰り道にキャッチのノイズが俺の違和感に割り込んでくる。


「お兄さん、おっぱいいかがですか~??」


くだらねぇ。俺はNo.1ホストだぞ。


と思った瞬間、その言葉が頭の中で反芻した。


ーちゃんとした仕事、ってなんだよ


俺は煙草に火をつけてなぜか少しだけ威嚇してしまった。



それからしばらくして、リュウはまた普通に出勤してきた。


何も言わずに、前と同じように。


でも、目の奥の光だけが、少し変わっていた。


きっと彼はまだシーソーの途中だ。


だけど、その揺れの中にしか、見えないもんがあるんだろう。




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