裸足の少女
-君はいま、どこに向かって歩いていますか?‐
「……で、結局、どこで自分の靴、脱いできたんだろって思うのよ」
その言葉に、俺はグラスを持った手を止めた。
真癒は酔っているのか酔っていないのかわからない顔で笑っていた。
けど、氷がカランと鳴るたびに、胸の奥で何かが欠けていくようだった。
彼女はよく笑う人だった。
出会って3回目の同伴、“いつもの毎日”のはずだった。
けど、今日の彼女はどこか違って見えた。
「昔ね、裸足で道歩いてる女の子見かけてさ。
多分、酔ってたのかなんかで、靴なくしてて。
それ見た時、あれ?私もあんな感じなんじゃないかなって思ったの」
彼女はふわっと笑う。
上辺だけ見れば、何も問題なく暮らしてる「普通」のOL。
けど、笑いの奥には確かに “迷子” がいた。
「私、どこかで人生の“靴”を脱いだ気がしてるの。
でも、その場所が思い出せないのよ」
彼女の目は、ずっとグラスの底を見ていた。
俺の顔なんか見てなかった。
でもその瞬間、俺は思ったんだ。
──ああ、俺もそうかもしれない。
高校を途中で辞めて、フリーターになって、
流れ着くようにホストになった。
あの頃の俺にとってこの町の全てが美しかった
この場所だけが居場所で自由だと思った。
そして売れた。金もそこそこ持った。客もついた。
でも――
いつから俺は、「自分の言葉」を履かなくなった?
⸻
「ねえ、たまに思うんだけど」
彼女は俺の方を見た。
「あなた、本当は何になりたかったの?」
そう言って、また笑った。
まるでその答えを聞くつもりがないみたいに。
その笑い方が、ずるかった。
視線は外れているのに
ずっと自分を見ている気がして何も言えなかった。
俺はその夜、ホテルにもアフターにも誘わず、
ただタクシーのドアを閉めた。
「ありがとね、今日も」
そう言って消えていく背中を見てたら、急に息がしにくくなった。
──靴を脱いだ場所。
それはきっと、
「自分が何になりたかったか」を見なくなった瞬間だったのかもしれない。
あの女の言葉は、ずっと頭の中に残っていた。
⸻
次の日、店に新人が入った。
目がまっすぐなガキだった。
「なんでこの仕事選んだの?」と聞くと、
「他にやりたいことがなかったんで」と笑った。
そうか。
この街には、靴を脱いだやつと、
まだ履いてるやつしかいないんだなと思った。
俺はまだ、自分の靴を探してる途中だ。