歪んだ音と歪な感情
ー嘘と本音は本当に反対の感情?ー
この町のネオンは、毎晩同じ顔をして光っている。
自然は移り変わっていく。でもこの町はずっと変わらない。
ぬるい風も、空の広さも、何も変わっていないのに落ち着く。
店の看板の撮影が中途半端な時間に終わったせいで、
一度家に帰るのも、そのまま店に行くにも中途半端な時間だった。
目の前のホストの看板が「にやり」とズルい顔を見せた気がしたその時
ポケットの中でスマホが震えた。
「空」
『お母さんから果物届いたから、一緒に食べようよ!』
(この町で、親から果物届く奴なんてお前ぐらいだよ)
そう思いながらも、時間を埋めるのにちょうどよかった俺は
苦笑いをして『すぐ行くよ、何か買っていく?』と返した。
すぐに既読がついた。
『ミネラルウォーターとマスカルポーネが欲しいかも!』
この町で、酒でも煙草でもないお使いは初めてだった。
俺はマスカルポーネをググって、スーパーに寄っていくことにした。
この町で、まっすぐに生きようとするものは、すぐに壊れる。
そのくせに、ソラだけはまだそこにいた。
―――
付き合っている、なんて言い方が正しいのかもよくわからないが
この町での関係性はとても曖昧だ。
でも、ソラとは付き合って1年になる。
彼女はたまに店にも来るが、一滴もお酒は飲まない。
お金を使ってほしいとは思わないが、来てくれると嬉しかった。
本当の関係性なんて、きっと本人にしかわからない。
いや、もしかしたら本人にもわからないのかもしれない…。
―――
『ピーンポーン』
インターフォンの音は「ミ」と「ド」だった。
(「ソ」と「ラ」じゃないのかよ…(笑))
俺が頭の中で突っ込みを入れているとドアが開いた。
「出勤前なのにごめんね!ありがとう」
彼女はそう言うと、スーパーの袋を受け取って、笑顔でそう言った。
――
ホコリ一つない部屋、ステロイドを打ったかのような無駄に元気な観葉植物、
そして、部屋の隅にはグランドピアノが置かれていた。
彼女は絶対音感を持っていて、初めて聴いた曲でも即興で弾けた。
俺はその時ハマっている曲を聞かせては、いつも弾いてもらっていた。
「今日は何弾いてほしい?」
ソラはチーズを口に運びながら俺に聞いてきた。
「なんでもいいよ。ソラが好きなの弾いて」
俺はそういって、果物を口に運んだ。
美しい音を紡ぐ彼女の後ろ姿をみて、俺は時間を忘れた。
「天才だな」
俺がそういうと、音がピタっと止まってソラが振り返って言った。
「鍵盤ってね?ちゃんと押せばちゃんと鳴るんだよ?」
「そりゃそうだろ」
突っ込んだ俺を無視するかのように、ソラは話を続けた。
「ううん。違うの。例えば、気持ちがズレてたら上手に弾けても音には出るの」
わかるような、わからないような気がした。
でも、考えるのがめんどくさかったから、果物を口に入れて喋れないふりをした。
「今日は何時に出勤するの?」
変な空気を埋めるように、ソラはどうでもいいことを聞いてきた。
「20時ぐらいには行こうかなって思ってる」
いつもは22時ころに出勤しているが、20時と答えた。
ソラと一緒にいることに窮屈さは感じないが、この部屋だけは整いすぎてどうしても居心地が悪かった。
「私も一緒に行こうか?」
なぜ疑問形だったのか…。何かを試されているような気がした。
「今日は予定いっぱいで忙しくなると思うから来なくていいよ。それ、そのまま食って美味いの?」
チーズを頬張るソラに対して、複雑な感情を感じて俺は断った。
相手が行こうか?と言って、断るホストは珍しかった。
――「来なくていいよ」
そう言ったのは、多分信用を作るためだった。
汚いと思った。ずるいとも思った。
俺はいつもそうやって、相手の感情を先回りして、
利益をとらないふりをして信用を積み上げていた。
ソラに対してまでも、そんなことをしてしまう自分に嫌気がさした。
(俺はソラを本当に愛しているのだろうか…。)
自分でもわからなくなって、ますますこの場所は居心地が悪くなった。
「えーー。今日暇だったのにー」
試されたと感じたのは、気のせいだったかもしれなかったが
俺が今まで見て見ぬふりをしていたものを鏡のように映された。
そんな気がした…。
ソラはピアノに向かい合うと、また美しい音色を奏で始めた。
俺は音がずれている気がした。
―――
ソラの家を出てから店に向かう途中、俺は考えた
来なくていい、の言葉には「来てほしい」が確実に含まれていた。
でも、来てほしいなら「ありがとう」と返せばよかったんじゃないのか?
それよりも腑に落ちないのは、
『俺は彼女にも店に来てほしいと思うほどに金が欲しいのか?』
何も分からなかったし、何も見たくなかった。
夜のビルのガラスに反射した自分が、少しだけ知らない誰かに見えた。
店に着くと、カズキ先輩が軽い足取りで近づいてきた。
「おはよー!今日、優香が友達連れてくるんだけど、その友達の方が代表のこと指名したいらしい!」
カズキ先輩のお客さんであるユウカとは俺も仲が良かった。
きっとユウカが友達に、俺の事を勧めてくれたんだろう。
「今日マジで誰も来店予定なかったんで助かります!!」
さすがにお茶を引く(お客さんが来ない)のは代表としてまずかった。
ユウカのファインプレーによって、俺の立場は守られた。
しかし、ユウカが起こしたファインプレーは、それだけではなかったことを
この時の主人公は、まだ知らなかった……。
書く意味がわからなくなって、更新止まってました(笑)
意味が見つかったので、また書いていこうと思います!!!
突然彼女が登場しましたね。
主人公はとても複雑で、高度なコミュニケーションの取り方をしているように思います。
この主人公が抱える、矛盾や葛藤みたいなものが少しだけ見えてきました。
ユウカが起こしたファインプレーは何だったんでしょうか
次の章で書くかはまだ考えていませんし。
もう少しソラのことちゃんと掘り下げるかもしれません。
主人公に任せようと思います。
いつも読んでくれてありがとうございます!
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