夢のありか(2)
ー君はなんでそこにいるの?ー
夕方と夜の境界線は、思ったより曖昧だった。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、夜の気配がまとわりつく。
アルコールと満腹に負けた大人たちが、各々好きなところで寝ている。
店の幹部を含めた、ほとんどの人間がコテージの中で眠る中、
そのまま芝生で溶けている奴もいた。
きっとあいつは明日、全身蚊に刺されていることだろうが俺には関係ない。
俺は、他の人に食べられないように、冷蔵庫の奥に隠していたサンマを取り
わずかに火の残ったコンロの前、で酒を片手に語り合っている新人たちの元に寄っていった。
「まだ起きてたのか?」
俺は新人たちに向けてプラスチックのコップを向ける。
まるで、修学旅行で先生が訪ねてきた時のような顔を向ける新人たち…。
「寝てなかったんですか?」
「あぁ、基本夜型だからな。みんなが寝れる方が不思議だよ(笑)」
網の上にサンマを並べると、皮がじんわりと焼ける音がした。
しばらく無言でサンマが焼ける音だけが夜に溶けていく。
煙と、川の匂いと、酒と、眠気と全部が混ざった空気の中で
ふいに、新人の一人「レイ」が口を開いた。
「……先輩って、どうしてホスト始めたんですか?」
「逆に、お前は何でうちの店でホストを始めようと思った?」
お得意の質問返しで、素朴だがエッジの効いた質問を難なく回避した。
「好きなことばっかやって生きてきたんです。そしたら周りの人たちはみんな就職したり、結婚したり、
それなりの幸せを築いてて…。」
酒が入っているせいか、レイは少し感情的に話しを続けた。
「自分には何の才能もなかったんです。顔もそんなかっこいいほうじゃないけど、でもこれしかなかった
んです…。」
レイはそう言って静香に視線を落とした。
「そっか…。まぁ、俺も似たようなもんだよ」
辺りには、炭のはぜる音だけが夜に響いていた。
ーーーー
「美味そうな匂いするなぁ~!!」
次の日の朝食用に、全員分のカレーを作っていたミサキ先輩がコテージから出てきた。
「何の話してたの?」
ひと仕事終えたミサキ先輩は疲れた様子もなく、お酒を片手に俺たちの輪の中に座った。
「ホスト始めるキッカケ…?みたいな話です。なんで俺たちってホスト始めたんすかね」
元々は自分に聞かれた質問のはずだったが、ミサキ先輩に話を振った。
「俺たちって居場所がなかったんだよ。夢を追うには居場所を捨てるしかなかった…。でも、ここなら夢
を語りながら、居場所を見つけることができるかな、って俺は思ってたんだよね…。」
ミサキ先輩がどうして過去形になったのか…。
誰も突っ込めなかったのか、突っ込まなかったのかわからないが
少なくとも、俺は突っ込まなかった…。
遠くの方で花火があがったが、誰もそちらを振り返ることなく視線が俺に集まる。
あまり考えたことがなかった。
ほとんど「流れ着いた」に、違いない形で高校を辞めてホストになり
気づけば随分と長くこの世界に潜っていた。
”意味”なんて考えたこともなかった。
でも意味があるとしたら…。
「俺は…。」
サンマの油が落ちたのか、一瞬だけ火柱があがった。
「俺は、この世界にだけは”本当”…がある気がした、からかな…。」
新人は黙ったまま、言葉の続きを待っているようだった。
まるで、俺がいつもの余白だらけの言葉で逃げるのを、許さないように…。
「ホストクラブって、”嘘”とか、騙して、騙されて、とかのイメージがあるだろ?でもな、俺にはその全部が”本当”に見えるんだ」
サンマから立ちのぼる煙が、夜の闇に溶けていく…。
俺は堪忍したかのように、コップの中に残ったお酒を一気に飲み干して続けた。
「ホストの仕事って、人間関係の間に”お金”が挟まるだろ?だからさ、”気を遣う”とか、そういう前提がない状態なんだよ。」
「人間関係って、本音を出せば関係が壊れる。でも、この世界には、前提がないぶん正解もない。この町には”矛盾した感情の本音”しか転がってない気がしてるんだよ」
「そして、俺みたいに居場所がなくてこの町を求める人が大勢いるんだ。俺は、ホストなんて無くなればいい、と思いながらホストにしか居場所がなくて、逃げてんだよきっと」
新人に夢のないようなことを言ってしまっている気がして、俺は笑いで誤魔化しながら軌道修正を試みた。
「本音が見えない世界よりは、矛盾だらけでも、人の気持ちが全裸で転がってる方が生きてる実感あるって思うだろ?」
軌道修正できたかどうかは定かではないが、なんとなくで納得してくれたみたいだ。
「サンマ、もーらいっ!!!」
俺が、買い出しの時から自分用に隠し、大切に焼いて育てたサンマをミサキ先輩が奪った。
その場の空気ごと持って行ってくれた気がして、サンマの事はどうでもよかった。
サンマを奪われたことで生まれた空白に、過去の言葉がよみがえる。
『ホストは、名詞じゃなくて”動詞”なんだよ。だから、何も与えられなきゃ、ただのクズだ』
初めて水商売の門を叩いた時に、お世話になった先輩ホストの口癖だった。
(…俺は、本当は誰のためにホストやっているんだろう。)
コップを傾けて、ふと中を覗き込んだ。
いつの間にか、琥珀色を通り越して、ほとんど茶色に染まっている。
(そりゃ、喋りすぎるわけだ…)
気づかないまま濃くなっていくものに、俺はこの先も気づき続けていられるだろうか…。
そんな問いをかき消すように、苦すぎる一口をそっと飲み干した。
ーー
コテージでは、いびきや寝言の向こうで、
それぞれが「明日の夢」を見ているようだった。
いつのまにか、芝生と同化するように転がっていた奴も、コテージの中に入ったようで
外では、まだ眠れない俺たちが、火の消えかけたコンロの前で昨日までの夢を語っていた。
酔いのまわった空が、少しずつ明るくなっていく中で、また一つわからないことが増えた。
(夢って、見るモノなのか、語るものなのか…。)
焼け残ったサンマの匂いと共に
その問いは、煙のように空へと溶けていった。
めちゃくちゃサンマが食べたくなってきました(笑)
今回の話は、ちょっとヘビーになる予感がして、中々書き進められなかったんですが、ほとんどサンマとミサキ先輩のおかげで書き終えることができました。
レクレーション編は、ひとまずここで一区切りにする予定です。
次の章では、もしかすると未来の物語にとって運命的な交差を見せるような出会いがあるかもしれません。
まだ、何も決めていませんが、主人公にどうしたいか聞いてみることにします。
どうやら彼、そろそろ恋愛したいみたいなので、恋愛でもさせてあげようと思っています。
ちなみに、この主人公はまともではなく、しっかりと壊れていることがわかる、少し過激な描写になるかもしれません。