黒き空に咲く、誓いの花♡
――戦争が始まった。
漆黒の空を裂く咆哮とともに、魔王軍が城門を開いた。
地を揺らす進軍の足音。天には雷雲、火の竜が唸りを上げる。
高台からその光景を見下ろしながら、カイは呟いた。
「……もう、後戻りはできないな」
その横で、ミラが静かに頷く。
「前に進みましょう。ふたりで」
彼女が差し出したのは、かつて折れた聖剣。
ミラの魔力が包み込み、砕けた剣は再び光を宿した。
――聖と魔が交わった、新たな“聖魔剣”。
魔王軍の進軍は「魔族の侵略」として報じられた。
だが、真実を知る者はわずかだった。
「人間の血を引く騎士など信用できるか」
「裏切り者ではないのか……」
魔族の間にも疑念が広がる。
それでも、カイは呟いた。
「……俺の命で、戦が終わるなら、それでいい」
その瞬間、王国軍の大規模魔法が前線を襲う。
轟音とともに大地が裂け、防衛陣が崩壊する。
「下がれ! ここは俺が──!」
カイは聖魔剣を掲げ、迫る魔法を一手に受け止めた。
剣が放つ蒼白い光が、仲間を守る盾となる。
「なぜ……人間の彼がここまで……」
「カイ様は、俺たちを……!」
その背に、信頼が芽吹き始めていた。
そして、戦場に空を裂いて現れたのは、黒馬に乗る男――ゼクス。
王国が“新たな勇者”と持ち上げるその姿に、カイが剣を構える。
「よく生きてたな、裏切り者が」
「ゼクス……」
「英雄カイ。お前を超える日を、ずっと夢見ていた。
この戦争は、そのための舞台だ」
「俺は、争いを終わらせたいだけだ!」
「その綺麗事が、一番人を殺すんだよ。偽善者め!」
激突する剣。火花が、戦場の中心で舞う。
一方、ミラは王国城に潜入していた。
ひとり、和平の道を探るために。
王の傍らには、司祭セント・モーデントの姿。
「今こそ魔族を滅ぼす時です。王国の正義のために」
「……それが本当に平和に繋がるのか……?」
迷いを見せる王に、モーデントが静かに手を伸ばす。
その掌に浮かぶ、禍々しい紋章。
(……陛下を殺す気!?)
ミラは思わず飛び出し、術式を破壊した。
「貴様、魔族の姫か!」
「あなたこそ裏切り者よ。人間の皮をかぶった魔物!」
モーデントの顔が歪み、肌が裂けていく。
滲み出す黒い瘴気、角、鋭い爪、異形の腕。
「私は“境界のもの”。人でも魔でもない。
戦乱こそが我が糧――!」
空気が震え、謁見の間を瘴気が満たす。
ミラは剣を構え、王の前に立つ。
「これ以上、誰も傷つけさせない!」
だが、闇の腕がミラを絡め取る。
「姫には舞台が似合うな。皆が見る中で、絶望を演じてもらおう」
――ドンッ!!
石壁が砕け、モーデントはミラを抱えたままテラスを突き破る。
黒翼が夜を裂き、戦場へと舞い降りる。
地がひび割れ、瘴気が拡散する中、
異形がミラを抱えたまま、ゆっくりと顔を上げる。
「……ミラ!!!!」
カイの絶叫が、戦場を貫いた。
――黒き空の下、誓いの花が、なおも咲こうとしていた。