初めての喧嘩は地下書庫で♡
舞踏会の熱気が残る広間に戻ると、そこにはすでに魔王デュランダルが待ち構えていた。
ミラは一瞬、びくりと肩をすくめる。
「怒られる……」と覚悟したのか、黒いドレスの裾をぎゅっと握りしめた。
だが、デュランダルは怒号を浴びせることもなく、じっとカイを見据えた。
その視線は、まるで父親が娘の婚約者を見定めるような――静かで、しかし鋭いものだった。
「……なるほど。こいつが、お前の選んだ男か」
「は、はい……お父様」
ミラが小さくうなずくと、デュランダルはふっと息を吐き、踵を返した。
「まあいい。どうせすぐ逃げ出すだろう。下手な真似をすれば処刑だ。王国との交渉材料にもなる」
「なにそれ、人の初恋を交渉材料って、ひどくない!?」
「無益な争いは望まん。人間は我々より脆いのだからな」
カイは言葉を失った。
(……おかしい。国で教えられてきた“魔王像”と全然違う)
カイの心に、静かな疑問が芽生える。
なぜ人間と魔族は争っているのか――その理由を、自分の目で確かめたい。
「……ミラ、次の“デート”は書庫にしないか?」
「ええ!? カイ様からデートのお誘いなんて、幸せで今にも死にそうですわ♡」
「いや、お前、簡単には死なないだろ」
「先に言われてしまいましたわ……♡」
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石造りの階段を降りた先、悪魔城の地下深くに広がる古びた図書室。
巨大な本棚には、時の重みを感じさせる古文書がずらりと並んでいた。
「ここには、魔王家に代々伝わる歴史の記録からラブストーリーまであるわ。
さあ、どんな恋愛小説を読みましょうか?
……命尽きるまで拷問し続ける半魚人カップルのお話がオススメよ♡」
「それは遠慮しておく」
カイは淡々と、いくつかの本を棚から取っては開き、目を走らせた。
「……人間との初接触。不可侵条約の破棄。魔王軍の侵攻、聖騎士団の反撃……」
ミラがぽつりと呟く。
「……カイ様のいじわる……」
そして、視線を伏せながら、かすかに震える声で続けた。
「……やっぱり、本が目的だったのね。
デートなんて、最初からどうでもよかった……。
お父様の言う通り、人間は魔族を利用するだけ……」
その言葉に、カイの表情が一変する。
「……利用する?それを言うなら――」
カイはミラに向き直り、怒りを抑えきれず声を荒げた。
「人間を自分勝手に蹂躙してきたのは、魔族じゃないか!!!」
その瞳には、苦しみと怒りが渦巻いていた。
「……俺の村も……家族も……!」
ミラはハッと目を見開き、言葉を失ったまま立ち尽くす。
「……そんな事があったなんて……わたしっ……!」
彼女はその場を走り去ろうと踵を返す。
「待って、ミラ!」
カイが手を伸ばすが、ミラは振り返りざまに叫んだ。
「来ないでっ!」
その瞬間、反射的に放たれた魔力の奔流が、書架に激突した。
ドガンッ!
振動と共に本棚が大きく揺れ、軋む音が響く。
「危ないっ!」
カイは咄嗟にミラをかばい、覆いかぶさるように倒れ込んだ。
ドサッ! ゴゴゴゴゴッ!
雪崩のように本が降り注ぐ中、二人は床に倒れ伏し、息を潜めた。
気づけば、顔が――近い。
呼吸が触れ合いそうなほどに。
「……っ」
「…カイ様…わたし…ごめんなさい…」
「いや、俺こそ感情的になりすぎた。」
互いに目をそらせずにいると、天井から落ちてきた一冊の分厚い本が、すぐ横に落ちてページを開いた。
カイが手を伸ばし、表紙を確かめる。
『第一次魔人戦争の真実――魔王と聖王の密約』
沈黙。
二人は自然と顔を見合わせた。
その距離は、まだ――近いまま。
──王国と魔族の戦争とは、何だったのか。
その秘密が、ついに明かされようとしていた。