舞踏会と涙の庭園
悪魔城の広間は、まるで地獄の劇場だった。
真紅のカーテンがひらりと翻り、不気味に輝くシャンデリアの下―― 魔族、骸骨、血の精霊、死者の楽団、そして魔王軍の幹部たちが勢ぞろいしていた。
「ようこそ、カイ様とのご婚約を祝う“ささやかな舞踏会”へ♡」
ミラ・ドラキュラは、薔薇を編み込んだ黒のドレスでくるりと一回転。 牙をちらつかせながら、無邪気に笑った。
「さあ、カイ様! 今日は一晩中、私と舞っていただくわよ♡」
カイはと言えば――
「……これは、いったい……?」
隣では、血を喜んで啜るスライムがグラスを揺らし、骨だけの騎士がワルツを舞っていた。
(不安しかない)
「まぁまぁ、緊張なさらないで♡ みなさん見た目は怖いけど、素敵な方々ばかりよ!」
「あはは! オレはこの日を何百年も楽しみにしてたんだ~!」
返事をしたのは、片角が欠けた炎の魔族だった。
(……なんだこのアットホームな魔族集団は……)
カイは小さくため息を吐いた。
だが、ミラの無邪気な瞳を見ていると――どうにも調子が狂う。
「さぁっ!カイ様! 今夜は1000年に一度の“婚約祭”!」
「さっきから設定変わってないか……?」
「ふふ♡設定だなんて、真実の純愛の披露パーティーよ!」
だが、その瞬間だった。
「ミラァァァアアアーーー!!!」
広間に雷のような声が響く。
悪魔城の最奥から、禍々しい黒の気配をまとって現れたのは―― 魔王デュランダル・ドラキュラ、その人だった。
「お前……また城の結界を壊して宴会を!?」
「えっ……だって……だってぇ……せっかく婚約したカイ様と、踊りたかったの……!」
(あれが……魔王!?)
カイはぐっと自然と身構える。 武器ひとつ持ち合わせていないが、死した同胞を思うと、身体の温度が上がっていくのを感じた。
だが――
「せっかくのお祝いなのに、パパのバカぁっ!」
ぐすっと鼻をすすり、ミラは裾を握りしめて駆け出した。
「ちょっ……ミラっ! くそっ……おい、待て!」
カイが追いかけると、ミラの影は地下の庭園へと消えていた。
地上から満月に照らされた地下の薔薇庭園。
真紅の花の中、ミラは一人、肩を震わせていた。
「うぅ……結界、ちゃんと張り直したのに……怒られるなんて……」
「……お前な」
カイが声をかけると、ミラは驚いたように振り向いた。
「……どうして、追ってきたの?」
「泣きながら走っていった奴を放っておけるほど、俺も冷たくはない」
「ふふっ……カイ様って、やっぱり優しいのね……♡」
そう言って、ミラはそっと彼の腕にしがみついた。
「わたしね、ほんとは……パパに認めてほしかっただけなの」
その声は、いつものおどけたミラとは違って、少しだけ―― 少女のようにもろく見えた。
カイは戸惑いながらも、その小さな背を支える。
(……困ったな)
最初は厄介だと思っていた。 罠かもしれないと疑っていた。
だが今、この腕の中で震える吸血姫に、カイはほんの少しだけ―― 愛着が湧いているのに気づく。
「泣き止め。せっかくの舞踏会だろ。……戻るぞ」
「はい……♡」
ミラは、嬉しそうに目を細めた。
彼女のその表情が、月夜に咲く薔薇よりも可憐で美しかった。