永遠よりも尊きもの♡
――戦いの終わった戦場。
黒い瘴気が晴れゆき、空の裂け目からわずかに光が差し込みはじめていた。
だが地に伏したカイの命の火は、今にも消えそうだった。
その傍らで、ミラは震える手で彼の頬を撫でていた。
「……カイ様……カイ様……!」
返事はない。
ただ、微かに震える唇が彼の生の名残を物語っていた。
その時――
瀕死の魔王が、足を引きずりながら近づいてきた。
「……我らは……永遠の命を持つ。……この身体も、時が癒す……」
ミラが顔を上げると、魔王は真っ直ぐに彼女を見つめ返していた。
「騎士カイを吸血鬼にすれば……その深手も癒える。我が一族として迎えれば……生き延びられよう」
その言葉に、周囲から息を呑む音が広がる。
見守っていた者たちの中には、すでに涙をこぼす者もいた。
ミラは……深く、深く、心の底で葛藤していた。
人間として生き、人間として死ぬと決めていたカイ。
捕虜になっても、拷問を受けても、彼は吸血鬼になることを最後まで拒んだ。
――そんな彼の命を、わたしの願いで捻じ曲げていいの?
「……わたしは……」
ミラは、そっとカイの胸に手を当て、震える唇で言葉を紡いだ。
「……カイ様を……人間のまま、逝かせます」
その場に凍てついた空気が流れる。
「わたしの愛した人間は、最初で最後、カイ様だけ。
永遠に一緒にいたいけど……彼の意志を、命を、わたしの都合で弄びたくない」
ミラの声は涙に震えながらも、まっすぐに響いていた。
「たとえ命が尽きても……わたしたちの純愛は、永遠ですわ」
そして、そっと顔を寄せる。
別れのキスは、まるで祈りのように、優しく、静かに──
その瞬間――
空が、真っ二つに裂けた。
轟音。赤黒い雲が渦を巻き、戦場がまばゆいほどの白光に包まれる。
「な、なんだ……!?」
「空が……ひ、光が……!」
兵たちが驚きに顔を上げる中で、ミラの身体が、ふわりと宙へ浮かび上がる。
その瞳は涙に濡れながらも、どこまでも澄んでいて、美しかった。
黒く染まっていた翼が、パキパキと音を立てて崩れ落ちていく。
その背から――銀白の光翼が芽吹いた。
やわらかな光が、彼女の全身を包み、漆黒のドレスさえも白き神衣へと変わる。
ミラの髪が淡く発光し、紅い瞳は静かな金へと変わっていった。
その身に宿っていた魔の因子は、光の奔流に飲まれ、祓われていく。
「……まさか……これは……!」
魔王が、呻くように言葉をこぼした。
「……この力……“聖女”……!」
記憶が、祈りとともに蘇る。
――我はかつて神に仕えし者。
そしてミラは、神託によって生を受けた奇跡の子。
だが、その力を恐れた異形モーデントが、呪いによって我らを魔族へと堕としたのだ……!
そして今。
ミラの愛と祈りが、その封印を破った。
選ばれし魂が、神に認められたその瞬間だった。
ミラの手が、輝きながらカイの胸に触れる。
「……カイ様……」
光が、彼の全身を包む。
止まっていた血が動き出し、裂けた肌が癒され、命が――戻る。
「……ミラ……?」
弱々しくも、確かに聞こえた声。
ミラは、微笑んで涙をこぼした。
「おかえりなさい、カイ様……」
ふたりを包む光は、やがて戦場全体を覆い、静かに、世界を祝福した。
――その愛が、世界を救った。
永遠よりも、尊きものとして。