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8. どこか寄ってかない?

 三階の部室から一階の職員室へおりて鍵を返却。

 それから四階まで戻って昇降口へ。

 そこそこ長い道程だったが、西町さんとは一言も交わさなかった。


 僕たちはお互いの秘密を知らない。

 事故はなかったし事件もなかった。

 そういうことにした。


 僕たちに共有する過去はなく、もちろん共に見る未来もない。

 となれば話すことなんて何もない。

 昨日と同じく、昇降口では『じゃあね』とお別れするだけ。


 なんて思っていたから、西町さんの発言には少なからず驚かされた。


「環くん、今日も自転車?」


 下校手段。

 それは昇降口の外の話。

 ほんのちょっとではあっても未来の話だった。


「さすがにこの雨だし、今日は電車だよ」


「わたしも電車。じゃあ駅までいっしょだね」


 そして西町さんは傘立てから青い傘を引き抜き、外へと出ていった。

 ワンコイン未満のビニル傘を手にとり、僕も西町さんを追う。


「本当はバスのほうが楽みたい。校門前のバス停からうちの近くまで行けるらしいんだけど」


 踊り場で並びかけると、西町さんは前を向いたままそうこぼした。


「路線も多いし、バスはどこへ行くのかわかりづらいよね」


 僕が後を引き継ぐと、西町さんは「そうなの」と短く応えた。


 外階段の一番下で傘を開く。

 いっしょに帰るとはいっても、雨の中で会話は難しい。

 それに、学校の最寄り駅までの道は並んで歩けるほど広くもない。

 駅までの道のりを、僕は西町さんの青い傘を見ながら無言で歩いた。




 遠衛学園の最寄り駅である遠州(えんしゅう)鉄道八幡(はちまん)駅は高架駅だ。

 大通りの上にポツリと浮いている。


 電車通学の西町さんは定期券を持っているが、普段自転車で通っている僕は切符を買う必要があった。

 改札の向こうで待っていた西町さんに「お待たせ」と声をかける。


 乗る電車は同じ下り方面だというので、同じホームへと階段をのぼる。


 と、すぐに赤い電車がやってきた。

 車内は空いていたけれど、西町さんは席につかずドアのそばに立ち、窓の外に視線を向けた。


「この電車、『赤電』って呼ぶんでしょ?」


「うん。JRは市外とか遠くに出かけるとき乗るもので、『赤電』は普段づかいって感じかな」


「そういう感覚なんだ」


「東京って電車だらけだよね。小学校のとき修学旅行で行ったけど、路線図が絡まった糸みたいだったよ」


「都心は地下鉄とかいっぱい走ってるけど、わたしが住んでた西のほうはそうでもなかったよ」


 西町さんは苦笑いを含んだ声音で応えた。


「うちのあたりは本当普通の住宅街。いま見えてるこの景色、懐かしいな。家の屋根が海みたいに広がってて、ところどころにマンションとかが島みたく浮いてて。うちの近くを走ってる中央線から見下ろすと、ちょうどこんな感じだったよ」


「東京にこんな田舎な光景存在するの?」


「浜松は田舎じゃないでしょう。一面住宅地だし。地方都市って感じ」


「ちょっと行けば田んぼだらけだよ」


「うちのほうだって畑あったよ」


「西町さんがいたのって、本当に東京なの? 埼玉とか千葉じゃなくて?」


「環くんの中の関東どうなってるの……」


 呆れ声でそう言った後、西町さんは小さく笑みをこぼした。


「こうして普通に話すの初めてかもね」


「奇遇だね。僕も同じこと思ってた。これまでは敬語で距離おかれるか、リアクション芸されるかどっちかだったから」


「気のせいかな。わたしが悪いみたいに聞こえるんだけど」


 ブレザー事件は完全に西町さんの罪だよ、と言おうとしたところで電車は上島駅に到着した。


「じゃあね、環くん。わたしここの駅だから」


「そうなんだ。僕もだよ」


 と告げた瞬間、西町さんは「さては後をつける気ね!」と身がまえた。


「違うから! 何なら僕生まれたときからこのへん住んでるから」


 僕の反応に西町さんは相好をくずし、「環くんは生まれながらのストーカーなんだねえ」と笑いながらホームへと降り立った。


「雨やんでるね。助かった」


 西町さんのイジりには応えず、半ばひとり言のようにつぶやく。

 ホームの屋根、その向こうでは雲の切れ間から夕方の紅い空がのぞいていた。


 改札を出て自動ドアをくぐると、通路が左右に伸びている。


「僕こっちだけど」


 東口の方を指さすと、西町さんは「わたしはこっち」と西口のほうに体を向けた。


「別れた後、つけてこないでよ?」


「そのネタいつまで引っぱるのさ。じゃあね、また明日」


 手を振り、踵を返したその瞬間。


「ねえ、環くん」


 西町さんが声をかけてきた。


「どこか寄ってかない?」


 振り向くと、西町さんは落ちつかない様子で、床に突き立てた傘をクルクルと回していた。



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