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43. 今すぐ浮気して

 その後はすぐ帰ることにした。

 どうせいても部活なんてロクにできない。


 先輩たちの手前、西町さんとは一緒に部室を出た。

 が、西町さんは「後でね」と僕を昇降口に置き去りにして帰っていった。


 願ったりかなったりだった。

 僕も、しばらく頭を冷やす時間が欲しかったから。


 一度家に寄ってサッカーボールを拾い、みずべの公園へと向かった。

 夕暮れというにはまだ早く、空は青さを濃く残している。

 日は延びてきたし、今日は帰るのも早かった。


 トレーニング用のハーフパンツにオレンジのトレシュを履いた西町さんは、ベンチで足をぶらつかせながら僕を待っていた。


「環くん。わたし、彼氏ができた」


「奇遇だね。僕は彼女ができたよ」


 サッカーボールを渡すと、西町さんは座ったままボールを弄び始めた。


 隣に腰掛ける。


「わたし、いま怒ってるんですよ」


「ごめんなさい」


「何で怒ってるかわかる?」


「色々ありすぎて、もうわかんない」


「わからないのに謝るの、彼女にはしない方がいいよ。火に油だから」


「教えてくれる?」


「いいよ。わたしたち、友だちだから」


 西町さんは立ち上がり、足裏でボールを転がしながら歩きだした。


 芝生の広場には、いつもどおり人がいない。

 パス交換のため、西町さんと距離をとる。


「わたしが怒ってるのはね、環くんに哀れみをかけられたからですよ」


 西町さんから、鋭いパスが飛んでくる。

 正確に僕の足許へ、しかし強烈な勢いで。


「そんな、」


 反射的に否定しようとしたが、そこで言葉は詰まってしまった。

 足は芝生をえぐり、ダフったボールは転々とあらぬ方向に飛んでいった。


 そうだ。西町さんの言う通り。

 僕の中にあったのは、言ってしまえば哀れみだ。


「環くんには居場所があるよね。同じ中学の仲間がいるし、サッカー部という新しい居場所もある。文芸部以外の場所があるんだよ」


 転がっていったボールを拾った西町さんが、その場でリフティングを始める。


「でもわたしにはない。何もない。文芸部に居られなくなったら、わたしは孤独になる。そんなこと考えてたでしょ?」


 西町さんが浮き球のパスを寄越してくる。

 足でトラップしようとするが、勢いはうまく殺せず、ボールは斜め後ろに転がっていった。


 羞恥が湧いてくる。


「西町さんの言う通りだね。僕、何様なんだろう」


 インステップで軽く蹴る。

 ボールはコロコロと不安定に跳ねていったが、今度はちゃんと西町さんの足許へ届いた。


「わたしは寛容な人間なので、言い訳を聞いてあげるね。何かある?」


 インサイド・キックで、丁寧なパスが送られてくる。


「……言い訳になるかわかんないけど」


「いいよ」


 優しいパスと一緒に、言葉を交わす。


「僕、調和が好きなんだ」


「うん」


「だから、主人公にはなれない」


「うん?」


「主人公ってさ、現状をよしとせず、調和を乱すのをためらわないものでしょ」


 部活に所属せず、サッカー部を創設しようとしたコーイチ。

 高校一年生ながら、選手ではなく指導者の道を歩もうとしている夏くん。


「西町さんもそうだよ。怖くても、不安でも、先がわからなくても前に進む。尊敬するよ」


「……」


 照れ隠しか、西町さんは無言で強いボールを返してきた。


「僕は、そうはなれない。調和が一番大事なんだよ。今日もそのために頑張ったんだ。僕が告白して、西町さんが断って、そうしたら文芸部は今のまま続いてくって、そう考えたんだ」


「環くん」


「はい」


「無理があるよ」


「……はい」


「環くんのいう調和って、ただの現状維持だよね。人も、人間関係も変化していくものでしょう。それを無理やり押し留めようとした結果がこのザマですよ。わかる?」


「わかります。もう今、身に沁みてます」


「現状維持のために告白って、無理がありすぎ。反省してください」


「してます。心からしてます」


「というかさ、環くん、わたしのこと何だと思ってるの」


「えっと、ヒロインみたいな、」


「そうじゃなくて。わたし、自分の恋心のために友だちを犠牲にするような人に見える?」


「だって実際、僕に嘘の告白させようとしたでしょ」


「してないよ」


「したよ。イオンのミスドで」


「したね。ごめん。でもそれは置いといて」


 ボールを止めた西町さんが、両手でかつての発言を脇に置いた。


「今日、わたしには断るという選択肢がなかったんだよ」


 西町さんは、逆足の右でグラウンダーのパスを送ってきた。


「あったでしょ。『他に好きな人がいるから』とか」


「あんなに必死な環くんを突き放して、怜先輩への告白に持ってくなんてできないよ」


「……僕としては、『しばらくは誰とも付き合う気がない』って言って欲しかったんだけど」


「それで告白は延期にしろって? できないよ。そしたら環くん一人がフラれ人じゃない」


「僕としては、それで調和が守られるならよかったんだけど」


「環くん、部活来なくなっちゃうでしょ。前例があるし」


「う」


「だから、わたしにはこれしかなかったの。環くんの告白を受け入れるしか」


 インステップの強いパスを受け止める。

 あまりの勢いに負けそうになったけど、こればかりはこぼさずちゃんと収める。


「ありがとう」


 丁寧に、きれいに、しっかりと足許を狙ったパスを返す。


 西町さんは、助走をつけ、ダイレクトで思いっきり蹴り返してきた。


「ひぇ」


 顔面に飛んできたボールを思わず避ける。

 ボールは遥か遠くまで飛んでいき、公園のせせらぎにポチャンと落ちた。


「ありがとうじゃないよ! どうしてくれるの! なんかもう怒りが収まらなくて、『いまここで告白を受けたら環くん困るだろうな』とか思って、意趣返しのつもりでイエスって言ったらこのザマだよ!」


「ええ……」


 ここまで連ねてきた思いやりに溢れた言葉は何だったのか。

 ここまで紡いできた真心のパス交換は何だったのか。


 詰まる所、西町さんが僕の告白を受けたのは。


「ただの八つ当たりだったの?」


 何かもう、力が抜ける。


「いいこと思いついた。環くん、今すぐ浮気して。涸沢さんでも鍋平さんでも好きな方でいいよ。そしたら可哀想なわたしは怜先輩に哀れんでもらうから」


「すごい。僕にメリットがひとつもない」


「だって悪いのは環くんだもん。自分で蒔いた種でしょう」


「元はといえば西町さんが告白なんてしようとするのが悪いんだよ。万に一つも可能性なんてないのに」


「あるよ! 環くんにはないけど、わたしにはあるよ!」


「あったらこんなことにはならなかったんだよ」


 ボールという緩衝材を挟まない言葉のナイフを投げつけ合い心傷ついた僕たちは、川に流れていこうとするボールを必死に追いかけ、くたびれ果てて川辺に座りこみ、ようやく傾いてきた夕日を眺めながらもうすぐ夏だねと呟き、夏休みには先輩たちとどこへ遊びに行こうかと相談し、自転車のカゴにボールを入れて土手の上を歩いて帰り、大きな家のドアの前で「またね」と手を振ってお別れした。



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