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35. 岩切夏くん、ファンサして

 翌日の放課後。

 コーイチと岩切くんとの対決が、いま始まろうとしている。


 勝負は三点先取の二対二+GKでつけると決まった。

 人数は各チーム二名。その他、中立のGKが一名。

 範囲はペナルティ・エリアの中だけ。

 各チームは攻撃側と守備側に分かれる。

 エリア外にボールが出たら攻守交代。


 部活では、練習メニューとしてやっていたものだ。

 本当なら五対五、せめて三対三で勝負をつけたかったけれど、現状サッカー部(仮)にそんな人数はいない。


 勝負の舞台は校庭のグラウンド。

 いつもの放課後であれば静かに眠っているグラウンドでサッカーなんてしているものだから、妙にギャラリーが多い。

 校門までの渡り廊下脇で屯していたり、校舎脇に座り込んでいたり、校舎の窓から見下ろしていたり。

 中学校の部活で、練習や試合を人に見られるのは慣れてはいる。

 でもこんな少人数だと、一人ひとりにフォーカスが当たりすぎる。


「よろしくね、環くん」


「僕でよろしければ……」


 ゲーム開始前、岩切くんと握手を交わす。

 僕は今回、岩切くんと組むことになった。


 なんでだ。

 岩切くんが僕を指名したからだ。


 本当なんでだ。

 僕はコーイチと一緒に岩切くんを部活に勧誘している側なのに。


 コーイチが勝ったら岩切くんはサッカー部にコーチとして入部。

 岩切くんが勝ったらコーイチは勧誘を諦める。


 僕、敵だよ?

 手を抜くよ?

 裏切るよ?


「蒲田くん。ぼくで本当によいのだろうか」


「村上先輩じゃなきゃだめなんです。頼りにしてます」


 対するコーイチサイドは、元サッカー部の二年生を連れてきた。

 コーイチはいつの間にやら岩切くん以外の経験者にも声をかけ、しかも勧誘に成功していたらしい。


 村上先輩は昨年までチームのキャプテンを務めていたらしい。

 身長は高く、手足にも筋肉が乗っていて、いかにもサッカー経験者という見た目をしている。


「蒲田くん。相手はあの岩切くんだよ。本当に、本当に相方がぼくでよいのだろうか」


「村上先輩、自分を信じてください。俺は先輩を信じています」


 会話の端々から、二人の間には何らかドラマがあったのが窺える。

 けれどもそれは別の物語。

 いつかまた別のときに話すことに……なるのかな。


「そいじゃ始めるよ。ぴー」


 やる気なさそうに口でそう言った満が、上空へ向けてボールを投げる。

 先にボールに触れたほうが先行だ。


 ボールは真上には飛ばず、微妙にズレた。

 競り合うこともなく、岩切くんが落下点に入る。


 次の瞬間、その場にいた全員が岩切くんを知った。


 膝を折り、足の外側でトラップ。

 浮かせたボールをそのまま右足でボレー・シュート。


 はい一点。


 見ている人は、勘違いしないでほしい。

 サッカーってそんなに簡単じゃないから。

 この人がおかしいだけだから。


「いぇーい。まず一点だね」


「……いぇーい」


 満面の笑みを浮かべ、両手でハイタッチに来る岩切くん。


 僕は立っているだけでいいんでしょうか?

 僕の生きている価値ってなんだろう。


「いやー、いまのシュートは厳しいね。流石だよ。あれはとれないね。無理無理」


 ゴールを守っていた満が悔しそうに首を振る。

 いや、悔しそう、でもない。

 何だか妙に嬉しそうな。


「はい、じゃあ次行くよー。ぴー」


 再びやる気のない口笛とともに、満がボールを投げる。

 ボールは真上どころではなく、もう明らかに岩切くんに向けて投げられた。


 今度は急いでコーイチがチェックに向かう。

 岩切くんは慌てず、胸でトラップしたボールを左のアウトサイドで僕へと寄越した。


 僕の方へは村上先輩が寄せてくる。

 先輩は、僕と同じく中盤の守備的なポジションだったという。

 流石に隙がない。

 しっかり、僕から岩切くんへのコースは切っている。


 コースを切った分だけゴールへのドリブル・コースは空いている。

 が、これはわざとだ。

 僕にはドリブルさせてもいいし、何ならシュートを打たせたっていい、ということだ。

 コーイチの入れ知恵だろう。

 お恥ずかしながら、事実、僕は身体能力に恵まれていないので、どちらも苦手。


 なので敢えて先輩を抜きにかかる。

 これだけ空いていれば、抜ききれなくてもゴールにはかなり近づける。


 やはり村上先輩はしっかりついてくる。

 とても抜けない。

 しかし、無理矢理にでも仕掛けたことで、岩切くんへのパスコースが……。


 いや。

 というか、待って。

 ゴール、がら空きなんだけど。


 満さん?

 なんで岩切くんのシュート・コースを塞いでるの?

 彼、ボール持ってないよ?


 これだけ空いていたら、打たないと失礼なレベル。

 先輩が寄せてくる前に、トー・キックでとりあえず蹴ってみる。


 はい、二点。


「ナイッシュー! いぇーい!」


 ゴール・マウスの前で満が大きくガッツ・ポーズ。


 いまわかった。

 本当の裏切り者は僕じゃない。満だ。


 満のヤツ、岩切くんを勝たせる気でいる。

 いまだって、シュートに反応すら示さなかった。


「おい、満!」


 これには流石のコーイチもブチ切れである。

 詰め寄り、胸ぐらを掴む。


「ごめん、コーイチ。ブランクがありすぎてミスっちゃった。てへっ」


「ミスってレベルじゃないだろ! どう見ても八百長だろうが!」


 岩切くんが僕のそばに寄ってくる。


「白石くんは、どういうつもりなんだろう?」


 岩切くんがミディアムの髪をかきあげ、ヘッドバンドをつけ直すと、遠くからたくさんの黄色い声があがってくる。

 その中には、聞き慣れた声も混じっている。

 見れば、校舎前に陣どった麻利衣が『岩切夏くん、ファンサして』と書かれたうちわを振っている。


 そういうことだよ、岩切くん。

 満は僕らに勝たせる気だ。

 そうすればキミがサッカー部に入ってこないから。


「任せて、コーイチ。あと一点、死ぬ気で守るから!」


 嘘だ。

 満が守るのは自分の心の安寧だけだ。


「もういい、お前はクビだ。俺がGKをやる!」


 満に着せていたビブスとキーグロをもぎ取り、コーイチが自らゴールマウスに立つ。


「何言ってるのさ。そうしたら今度はコーイチが村上先輩のシュートをわざと入れるだけでしょ」


 そうすればコーイチは勝負に勝ち、岩切くんの入部が決まるのだから。


 僕の指摘に、コーイチは「心配いらん」と力強く首を振った。


「誰が相手でも俺は手を抜かない。さあ、来い!」


「蒲田くん、キミがGKをするとなると、ぼくが一人きりになるんだが」


 ぽつねんと立ち尽くし、自分を指差す村上先輩。


 先輩、ごめんなさい。

 こんな茶番に突き合わせてしまい、申し訳ない限りです。


「じゃあ、あたし参加するに!」


 はいはい、と元気に手を挙げ飛び入ってくる麻利衣。


「いやいや、麻利衣、制服じゃ無理でしょ!」


 退場させられ、正座中の満が叫ぶが、麻利衣は平気な顔でスカートをめくって見せた。


「平気平気。下はスパッツだに」


「そういう問題じゃないって! ほら、靴だってローファー、」


 満の抗議を黙殺し、麻利衣は劇場の幕を開けた。


 転がっていたボールに左足で乗り、軸足で蹴り出し、そばにいた僕を置き去りに。

 右足だけでアウト、インサイドとダブル・タッチ。いわゆるエラシコで岩切くんを抜き去り。

 おまけにヒール・リフトで村上先輩(味方)の頭上を通し。

 最後は左、右と足を宙に回し、バイシクル・シュートでGKコーイチの股を抜いた。


 真円を描いたスカートは、大輪の花のようだった。


「いぇーい」


「いぇーい、じゃないでしょ!」


 呑気にゴール・パフォーマンスをしていた麻利衣を、駆けつけた希恵ちゃんがひっぱたく。


「スカートで何やってるの!」


「でも、ほら、スパッツ履いてるから」


「でも?」


「ごめんなさい」


 鬼の形相を浮かべた希恵ちゃんに連れ去られ、麻利衣は退場していった。


「……彼女、なでしこのU‐17に呼ばれてたりする?」


「ううん。あれは、ただの野生の天才」


 呆然と二人を見送る岩切くんに、僕は、僕の知る限りの事実を教えた。



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