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27. 環くん、わたしに告白してよ

 結局僕たちはミスドでひと休みすることにした。

 イオンに来る前も来てからもずっと移動しっぱなしだったので、さすがに少し疲れていた。


 本当ならフードコートがよかった。

 あそこなら無料の水だけで席につける。

 でも僕が「フー」と口にしたとき、既に西町さんはミスド店内の空席にカバンを置いていた。


「席とり、手慣れすぎでしょ」


「相手ボールにプレスかけるのと同じ。トレーに手をかけた人がいたら即チェックですよ」


 僕はアイスティーにオールドファッション。

 西町さんはアイスジャスミンティーにポン・デ・リング。


「向こうでもミスドにはよく行ってたの?」


「もちろん。女子中学生にも優しいお値段設定だしね。ドーナツもいいけど飲茶も好き。吉祥寺(きちじょうじ)のミスドで何時間も粘ったなー。周りもそんな女子中高生ばっかり。回転率最悪。だから席とりのスキルは超大事なんですよ」


 薄々気づいてはいたけれど、西町さんは案外と普通の女の子だ。

 希恵ちゃんや麻利衣とあんまり変わらない。


 『カワイイ』というより『美人』で、私服だと高校生には見えなくて、学校では高嶺の花。

 でも実はフットサル経験者のサッカー好きで、妄想暴走変態リアクション芸人で、先輩に片思いをしていて、中学時代はきっと友だちと遊び回って笑っていた。

 そんな普通の女の子。


「どうしたの? 人の顔ジロジロ見て」

 怪訝そうな声で問いかけてくる西町さん。


「いや、西町さんって……目立つよなあって。ほら、身長あるし」


 危ない。

 『黙っていれば美人』とか、とんでもないことを言うところだった。


「イオンって環くんのお友だちとか知り合いもよく来るんでしょ? 見つかったら絶対に勘違いされるよね」


 どうやら僕のごまかしはうまく効いたらしい。

 西町さんの意識を脇にそらすことに成功した。


 リュックからキャスケットを取りだし、目深にかぶる西町さん。


「ほら、環くんもフードかぶって!」


「これ却って目立つんじゃないかな」


 促されるままパーカのフードをかぶる。

 フードなんて普段は全然使わない。

 視界は狭まるし、後ろからの音は聞きにくくなるしで、どうにも落ちつかない。


「なんか芸能人のお忍びデートみたいだね」


「金曜日にセンテンスが春なやつ?」


 帽子の下でいたずらっぽく笑う西町さんに、肩をすくめて返す。


「……やっぱり環くん、余裕あるよね。ちょっとムカつく」


「いきなりどうしたの?」


「今日のお出かけ、自然体でスムーズすぎない? お買いもののあと、さりげなく休もうとか言ってくれるし。もしかしてデートの経験豊富だったりするの? モテたことなんて一度もないみたいに言ってたのに。恋愛がトラウマみたいな話してたのに! 裏切られた気分でいっぱいなんですけど!」


「言いがかりの加速度がひどい」


「わたし男の子と二人で遊びに出かけるなんて初めてだったから、昨日からけっこう緊張してたんだよ? なのに環くんあまりにいつもどおりだから、ちょっとだけ殺意がね」


 さっき『休もうか』と提案したとき、少し不満そうな様子を浮かべていたのはこれが原因か。

 このまま不機嫌を引きずられるのも、遊びなれているだとか思われるのもおもしろくない。

 どう説明したらわかってくれるかな。


「……これまでもさ、仲間内で遊びに行こうっていうとき、たまたま女子と二人だけになったことってあるんだよ。といっても希恵ちゃんや麻利衣なんだけど。あの二人は僕のことを恋愛対象にしない。可能性がないから緊張しない。西町さんもそうでしょ? だから今日もそれと同じ。これで伝わる?」


「わかった。殺意は半分以下になりました」


「何でゼロにならないの」


「だとしても、ちょっとは緊張してよ。わたしだけバカみたいじゃない」


 そう言って、西町さんはフンッと顔を背けてしまった。


 まいった。

 拗ねちゃった。

 正直に認めたほうがよかったかな。

 実は僕も緊張してるって。


 西町さんみたいな『黙っていれば美人』と二人きりで緊張しないわけがない。

 ただ、それを認めてしまうと、僕が西町さんを意識してると誤解されそうで。


「……なんか僕も緊張してきた。一緒にいる相手がくらら先輩だって想像したら」


 だから僕は冗談でごまかすことにした。


 西町さんはこちらへ向き直り、ニヤっと共犯者の笑みを浮かべた。


「何それズルい。わたしも怜先輩とデートしてる想像していい?」


「いま先輩のブレザーないけどいける?」


 西町さんは笑顔のまま、机の下で僕の脛にトー・キックを決めてきた。


「そういえば、あれ以来話題になったりしてない? ほら、お街で鉢あわせしたときのこと」


 有楽街のサッカー用品店。

 あのときも僕たちは二人きりだった。

 シチュエーションから、西町さんはあのときのことを想い起こしたのだろう。


「なってないよ。あの日ちゃんと説明したからね」


 僕の回答に、西町さんは「うーん」と納得いってない感ありありの声で応えた。


「誤解って一定とけることはあっても、完全にとけることってないんだよね。火種と一緒。奥の方で熾火は残るんだよ。言い出さないだけで、まだ彼女たちの中では燻ってるんじゃないかな」


「否定しにくいなあ。希恵ちゃんや麻利衣が何を考えてるか、完全になんてわからないもんね」


「ということで、我々にまつわる都合のよくない噂の火種は、完全に消す必要があると思うのですよ」


 ピンっと人さし指を立ててみせる西町さん。


「何かいいアイデアがあるの?」


「環くん、わたしに告白してよ」


 アイスティーが変なところに入った。鼻の奥が痛い。


「この作戦、一石二鳥なんだよ。環くんが怜先輩の前で告白して、わたしが『他に好きな人がいるので』って怜先輩のほうを見ながら断るの。そしたらわたしたちの疑惑は『環くんの片思い』ってことで片がつくし、怜先輩はわたしのこと意識しだすでしょ? ヒロインの魅力を示すには当て馬を登場させるのが一番。ある程度恋愛カーストが高い異性からのアプローチが効果的なんですよ。ほら、環くんって見た目可愛いし、少女漫画の序盤に出てくる噛ませ犬にピッタリでしょ? 怜先輩に『西町さんモテるんだな。環には冷たいが、僕にはアツい視線を向けてくる。もしかして僕のこと……』って思わせたら勝ち確でしょう。そうだ、告白はくらら先輩の前でしてもらおうかな。牽制にちょうどいいかも。そしたら一石三鳥だね!」


「すごい。僕にメリットがひとつもない」


「元はといえば環くんが匂わせなんてするのが悪い。自分でまいた種なんだから、ちゃんと刈りとってよ」


「雑草の芽を摘むのにダイナマイト使わせないで。僕の立場が焼け野原だよ」


「ちゃんと環くんにもメリットあるよ。失恋で傷心のところをくらら先輩に慰めてもらえばいいと思う」


「僕の部分だけ作戦が投げやりすぎる」


「で、やるの? やらないの?」


「やらざるを得ないみたいな空気出してるけど、普通にやらないからね?」


 西町さんは「なーんだ」と椅子の背もたれに寄りかかった。


「ま、環くんにはお友だちたくさんいるし、思い切ったことはできないよね」


 ふてくされたようにストローでお茶をすする西町さん。


 そんな姿を見ていたら、どうしても言いたくなってしまった。


「西町さん、浜松にいる間はずっと一人でいる、とかよく言うけどさ、高校の三年間は短くないよ」


「たしかに。もう入学からけっこう時間経った気がしてたけど、まだ一ヶ月半か。三年は長いね」


「こないだの大会見たでしょ? 西町さんが入ってくれたらだいぶ楽になるよ」


 西町さんにまっすぐ視線を向ける。


「……環くんは、仲間とサッカー部復興を目指してるんでしょ。フットサルで遊んでる場合?」


「それはそれ、これはこれ。フットサルだとミックス大会があるからね。麻利衣や希恵ちゃんと一緒にプレーするとなったらフットサルしかないから。あの二人も女子のサッカー仲間が増えたら喜ぶと思う。西町さん、さっきトレシュを買ったのは屋外コートでフットサルをするためじゃないの?」


 西町さんがストローを吸うと、ズズッと飲みものがなくなる音がした。


「やっぱり土曜の午後は混雑するね。待ってる人もいるし、そろそろ出ましょうか」


 と、西町さんはトレーを持って立ち上がった。


「身内だけでチーム組むのって本当楽しいよ。中学の部活がちょうどそんな感じだった。試合前の作戦会議も、終わった後の反省会も、ずっと楽しかった。純度一〇〇パーセントは貴重だよ。異物混入はお勧めしないな」


 返却口に自分のトレーを置いた西町さんは、後ろに立っていた僕のトレーを取りあげた。


「だから、ありがとね」


 そして彼女は背中越しに僕へとそう言った。




「今日まだ早いし、この後みずべでボール蹴らない? 早速トレシュ試してみたいし!」


 イオンの出口へ向かう道すがら、西町さんはそう言って背筋を伸ばした。

 つくった感じの明るい声音だった。


「じゃあ一度帰って着替えよっか。服汚れちゃうし」


 僕もさっきの話題に触れるのはもうやめた。

 あんなふうにお礼を言われてしまったら、もうそれ以上言えることなんていない。


「たしかにこの服じゃね。みずべの公園に現地集合ってことでいい?」


「うん。それで……よかった、んだけど」


 前後を自動ドアに挟まれた風除室まで来たとき、異変に気づいた。


「あらま。すっごい降ってるね」


「降水確率は四十パーセントだったのにな」


 自動ドアの向こうはザアザア降りの篠つく雨。視界は白く、自動ドアの隙間からは轟音が漏れ聞こえてくる。


「環くん、傘持ってる?」


「持ってきてない。というかこの降り方じゃ傘があっても意味ないよ。自転車だと危ないし」


「中にいると気づかないもんだね。外見えないし、音も届かないし」


 小さく口を開け、ぶ厚い雲を見上げる西町さん。


 僕は「ね」と返事をしながらスマホで天気予報の確認。


「一応、夜までには止むみたい。どこかで時間つぶそっか。西町さん、今日夕飯は?」


「夕方には帰るって言ってきたけど、これは無理だね。食べて帰るって連絡しておく」


 スマホを取りだし、ササッとフリック入力する西町さん。


「フードコートでいい? 選択肢多いし、長居もできるし」


「賛成。わたしもフードコートで居座るの好きだよ」


 スマホをカバンにしまった西町さんが、ご機嫌な笑みを浮かべ、僕の顔を覗き込む。


「なんかこの非日常感、テンション上がってこない?」


「嵐でクローズド・サークル。しかもショッピング・センター。この後はゾンビ襲撃?」


「じゃあまずは武器の確保が大事だね。スポーツ・ショップでで金属バット。あとはホームセンターでチェーンソーとネイルガン」


「西町さん、殺意高すぎだよ。まずはスーパーで食料確保しようよ。レトルト、缶詰、カップ麺。やっぱり日持ちするものがいいよね」


「その食料、丸腰で守れると思う? わたし真っ先に環くん殺りにいくよ!」


「さっきの武器、ゾンビじゃなくて対人間用だったの……?」


 どうでもいい会話。

 しょうもない冗談。

 目的も結論もない雑談。


 期待しない。

 気負わない。

 可能性なんてない。


 だから裏切られない。


 西町さんとは、このまま何時間だっていっしょにいられると、そう思えた。



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