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23. 前田くん

 うちに少しだけ寄ってサッカーボールを回収し、みずべの公園へ向かう。

 ボールはかごに入れて、自転車を押して歩く。


「先週ショップに行って色々グッズ見たでしょ。あれ以来蹴りたい欲がすごくって。昨日なんて近くのフットサル・コートにまで行っちゃったくらい」


「あ、それも聞こうと思ってたんだ。西町さん、昨日岩切くんと一緒に大会見に来てたよね」


「イワキリクン……?」


 ご機嫌だった西町さんが首を傾げる。


「誰それ? わたし、近くにフットサル・コートがあるっていうから見に行っただけだよ。個サルやってないかなーと思ってさ」


「なんだ。知り合いじゃなかったんだ」


 確かに、西町さんと岩切くんの間には距離があった。

 並んで立っているというよりは、ただ間に誰もいないだけ、というくらいの距離感。


 そうか。知り合いじゃなかったんだ。


「昨日はちょうど大会のせいで個サルはやってなくて。おかげでますますボール蹴りたくなっちゃった」


 個サル、というのは個人参加のフットサルのことだ。

 大会はチーム単位でエントリーするけど、個サルは文字通り個人単位で参加する。

 集まった参加者で適当にチームを組んで試合を回す形式だ。


「それより環くん。昨日はボロボロだったね」


 西町さんが嫌らしく笑う。


「最初の試合はよかったよ。ポジショニングもパスも正確。うまい具合にゲーム・メイクできてたよ。でも途中からはバテバテだったね。三試合目とか足止まってたよ。というかですね、五人で参加は無茶だよ」


「ごもっとも。仕方ないよ。本当は麻利衣も来るはずだったのに、寝坊で欠席だったから」


「もう一人いたとしてもキツいよ。最低でも八人はいないと」


「西町さんが入ってくれればよかったのに」


 僕の言葉に、彼女は目を丸くした。


「……まあ、いずれ、どこかで機会があれば考えても、いいけど」


 珍しい。

 こんなに歯切れ悪く言葉を紡ぐ西町さんは初めてかもしれない。


「じゃあ、いずれね」


 ちょうどみずべの公園に到着したので、話はそこで打ち切ることにした。

 あまり深追いするのもよくないし。




「行くよー」


 インサイドでパスを出す。

 西町さんがどの程度サッカーに慣れているのかわからないので、優しく丁寧に、弱いボールで。


 真っ直ぐ蹴ったつもりだったけれど、ボールは少し横にズレた。

 ローファーはテカテカで、ボールが滑る。


 僕からのミス・パスを、西町さんは足の裏で押さえこみ、ピタリとその場に止めてみせた。


 心配することはなかった。

 西町さん、相当うまい。

 制服にローファーでそんな芸当ができるなんて。


 足裏でのトラップはフットサルでよく使われるテクニックだ。

 フットサルは狭いコートで行われる。

 サッカーのように足で跳ねさせて勢いを殺すトラップをしているスペースの余裕はない。

 昨日の僕たちは、足裏なんて使えていなかったけれど。


 南米やラテン系のサッカー選手は、フットサルの経験を持っていることが多い。

 そうした選手たちは、サッカーであってもフットサルの技術を活用する。

 広いコートで行うサッカーであっても、狭いスペースでボールを扱うテクニックは十二分な武器になる。


「返すよー」

 と、西町さんは一歩の助走から左足を高く振りあげた。


「え、ちょっと待っ、」


 そして西町さんは思いっきり左足の甲でボールをぶっ叩いた。


 とてもキレイなインステップ・キックだった。

 インステップは主にシュートで使われる。

 足の側面は平面的でボールに接する面積が広いが、足の甲は曲面なので接する面積が狭い。

 そのため、インサイドに比べインステップでは強いボールを蹴ることができるが、コントロールは難しい。


 西町さんの蹴ったボールはほぼ無回転、地を這うような弾道で僕の足許に飛びこんできた。

 とっさに右足を引き、全身でボールの勢いを殺す。


 いきなりとんでもないパスを出してくる。

 西町さん、もしかして超上級者で僕を試しているのか。

 そんなことを考えながら視線を上げると、芝生の向こうで西町さんは「わ、わ、わ」と慌てた様子を見せていた。


「ごめん! こんな飛ぶと思ってなくて。サッカーボールって軽いね」


 どうやらフットサルのボールを蹴るときの感覚で蹴ってしまっていたらしい。


「気をつけてね。飛んでくと川ポチャしちゃうから」


 インサイドで丁寧に返す。

 先ほどよりは少し強めに。


「はーい。わたしも大人しくインサイドにしとくね」


 西町さんは右の足裏でボールを収め、そのまま撫でるように転がして左足の前にボールを置いた。

 そして左インサイドでキック。


 以前、コーイチが『インサイドでその人のレベルはわかる』と言っていたのを思い出す。

 インサイド・キックは最も基本的な技術の一つだ。

 それを疎かにしているか、丁寧に磨いているかでプレーヤとしてのレベルがわかるという。


 その理屈からすると、西町さんはかなりのプレーヤといえそうだった。

 インサイド・キックでは、キックする足を真横に向けたまま真っ直ぐボールにインパクトさせるのが理想。

 イメージとしてはパター・ゴルフ。

 そうして真っ直ぐに蹴ると、ボールには横回転がかからない。

 最初は地面を滑るように無回転で、次第に摩擦で縦回転だけがかかり、最後までバウンドせず相手に届くのが理想のインサイド・パスだ。


 西町さんの出したボールは、その理想に近かった。

 速くはあるがとても扱いやすい。


「西町さん、フットサルはかなりやってた?」


 僕もインサイドのパスを返す。

 さっきは右足めがけてだったので、今度は左足に向けて。


「幼稚園のころからおじいちゃんとボール蹴ってて、小学校のときはサッカー少年団。フットサルは中学からだよ」


 西町さんは左足裏でボールを止め、軽く前に出した。

 そして、そのまま左足でインサイド・キック。


 その身のこなしは、明らかに左利きの人のそれだった。

 西町さんはペンを左手で持つから、手が左利きだとは知っていた。

 どうやら足のほうも左利きらしい。


「中学でフットサルに転向したのは、やっぱりサッカー部がなかったから?」


 パスは僕の右足に来た。

 西町さんを真似て足裏でトラップ。

 左足インサイドでパス。


「そう。女子部がなかったの。あの、環くんと同じ中学の子たちはサッカー部だったんだっけ?」


「希恵ちゃんと麻利衣は、部活じゃなくてクラブのジュニア・ユースだよ。でもそのクラブには高校年代のチームがなくて」


「女子部がある高校もけっこうあるけど、部活のために学校選ぶのはハードル高いよね」


「西町さんさ、せっかくだしもっと二人と話してみればいいのに。希恵ちゃんも麻利衣もいい子だよ」


 僕の出したパスに、西町さんは少しだけ戸惑いを見せた。

 コントロール・ミスで足許から離れたボールを拾いに行く西町さん。


「どうせこっちにいるのは三年間だけだし。友だちになってもね」


「二人とも西町さんに興味あるみたいだったよ。ほら、こないだも話がしたいって」


「あれはむしろ環くんへの興味だよ。興味というか執着? 環くんに近づく悪い虫の取り調べと牽制が目的。特にあの……『希恵ちゃん?』のほうは如実だったよ」


 西町さんの呼称に違和感を覚える。

 『希恵ちゃん』と口にするときの間。

 そして疑問符をつけるように少しだけ語尾を上げたイントネーション。


 もしかして。


「西町さん。ひょっとして希恵ちゃんや麻利衣の名字、覚えてない?」


「まさかそんな。クラスメイトの名前をですね。あはははは」


「涸沢希恵と鍋平麻利衣だよ。……まさかとは思うけど、僕の名字は知ってるよね? いや、流石に今更か」


「……」


 西町さんからのインサイド・パスはヘロヘロで、ボールには妙な横回転がかかっていた。


「西町さん?」


「前田くん」


「前島です」


「だって誰も環くんのこと名字で呼ばないじゃん!」


 西町さんからの逆ギレパスは、殺人的な威力で僕の心を傷つけた。


 そして全力で足を振り上げたがために、西町さんのスカートは大きくまくれあがった。

 慌ててスカートを押さえつける西町さん。


「……見えた?」


「まさか。もう暗いし、逆光だったし」


 目をそらし弁解する僕に、西町さんは半オクターブ高いよそ行きの声で言った。


「やっぱり制服でボールを蹴るのは無理がありますね、前島くん」


 それは、心の距離が開いた音だった。

 おかしいな。さっきまでは友だちだったのに。



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