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16. そ・こ・か・わ・れ

 その日の放課後。

 僕たちは一度文芸部の部室に集合してから、自転車でお街へとくりだした。


 幸い天気は良好。

 昨日までは電車通学だった西町さんも、この日は自転車に乗っていた。


 西町さんの自転車はおしゃれなシティサイクルだった。

 ちょっとレトロな感じがよく似あっている。

 西町さんは黙っていれば大人びた『美人』だから。


 そして今日から通学に使ったばかりということで、通学許可の固いステッカーもまだ貼られていなかった。

 こういうちょっとした他の人との違いが、西町さんのヒロインらしさの秘訣かもしれない。


 一方僕の愛車は、ホームセンターで買った一万円未満のママチャリだ。

 でも、ママチャリは丈夫だし、変速は一応ついてるし、怜先輩だって似たようなママチャリに乗ってるし。


 そしてくらら先輩は、電動アシスト付きの自転車に乗っていた。

 聞いたところによると、先輩たちは和地山(わじやま)公園の近くに住んでいるという。

 和地山公園があるのは三方原(みかたばら)台地の上。

 遠衛からの帰り道はけっこうな登り坂になる。


 くらら先輩のような可憐な女子高生にそんな坂をママチャリで登らせるわけにはいかない。

 きっとお父さんはそう考えたのだろう。


「お街にはよく行くのか?」

 道中、並びかけてきた怜先輩が声をかけてきた。


「同中の仲間とたまに行くくらいですかね」


「環は友だちが多そうだからな」


「そうでもないですよ。それに普段のメンツだと本屋には行かないので、今日は楽しみです」


「昨日もそう言っていたな。環はけっこう本を読んでいると思っていた。語彙が豊富だし、知識も幅広いしな」


「そんな、僕なんて全然。ただ、妹がファンタジーとか児童文学好きで、母親が図書館で借りたり、買ってきたりするんです。本屋に行かなくても家にあるので、そういうのを読んでる感じですね」


「ならそっちのジャンルは環のほうが詳しいかもしれんな。何かオススメを教えてくれ」


「う。先輩に教えられるほど読んでるかというと……。怜先輩こそ、おもしろいの教えてくださいよー」


 怜先輩と話していると、落ち着くというか癒やされる。

 それは先輩の知性と優しさからきていると思う。

 なんだろう。東京の大学に通っていてたまに帰省してくる親戚のお兄さんみたいな。


 そんな怜先輩は、信号で停まるたびにスマホを取りだしていじっていた。

 僕との会話は続けながら、指をスイスイと。


 ゲームかな?

 あまり似あわない気がするけれど。

 怜先輩がスマホをいじるとしたら、電子書籍を読むか調べものをするか。そんなイメージがある。


 振り返ると、僕たちの後ろではくらら先輩と西町さんが並んで談笑していた。

 少し離れたところから見る限り、穏やかで楽しそうな空気が漂っていそうだ。


 しかしその実はわからない。

 何しろ昨日は部室で干戈を交えていた二人なのだから。


 不意に西町さんと目が合う。

 彼女は口パクでこう告げてきた。


 『そ・こ・か・わ・れ』。


 どうやって?

 どうしようもないので、見なかったことにする。




 今日の目的地、ザザシティはお街の中心部にあるショッピング・モールだ。

 二つのビルからなっていて、中にはファッションや雑貨、ホビーのショップ、カフェやファスト・フードなんかが詰まっている。


 幸い空いていた駐輪場に自転車を停め建物に入る。


「いろいろお店入ってますね。けっこう便利かも」


 入り口の案内板を見てつぶやく西町さんに、くらら先輩が笑いかける。


「お買いものだったら、ここか駅ビルのメイワンが定番だよ。東京に比べたら全然かもだけどね。原宿とか渋谷とかお店いっぱいなんでしょ?」


「あんまり行ったことないです。わたし、ファッションとかそんなに興味なくて」


 ダウト。

 全部じゃないけど一部嘘。


 昨日言ってたよね。

 原宿には俳優さんのブロマイドを買いに行ってたって。


 コロコロ笑いながら歩く女子二人の後ろで、怜先輩はずっとスマホをいじっている。

 指の動きがけっこう激しいから、写真を撮っているわけでもなさそうだ。


 地下の本屋は、それほど大きな店舗じゃない。

 浜松でもここより大きな本屋はいくつかある。

 でも品揃えは十分だと思う。

 少なくとも僕はここにない本を知らない。

 多分、怜先輩だったらたくさん知っているんだろうけれど。


 本屋では男同士と女同士に分かれてしまった。

 道中の流れそのままに、という感じだった。

 正直いえば、くらら先輩と二人きりになると、緊張して自分が何を言っているかわからなくなるから、怜先輩といるほうが気楽でよかった。


「環、こないだのはどうだった? 『月は無慈悲な夜の女王』」


 本棚に並ぶ水色の背表紙たちを指さし確かめながら、怜先輩が訊いてくる。


「読みやすくておもしろかったです。人工知能が本当の友だちみたいで愛着わきました」


「だから言ったろ。ハインラインは負けないと」


「昔何冊か読んだんですけど、SFって観念的で苦手だったんです。怜先輩が教えてくれるのは、冒険とか友情とかの要素があって、読んでるとワクワクしてきます」


「これまではどんなのを読んだんだ?」


「惑星自体が生きてるみたいなのとか、何でも適用できる理論みたいなやつとか」


「はは、中学生にそれはキツい。どちらも名作だけどな。じゃあ次は、これなんてどうだ」

 と、怜先輩は書棚から一冊の本を取りだした。


「『たったひとつの冴えたやりかた』ですか。タイトルだけは知ってます」


「短編集だから読みやすい。あと、くららが好きなんだ」


 怜先輩は、親指と中指でメガネをクイッと上げながらそう言った。


「買ってきます!」


 僕は受けとった文庫本を抱きかかえ、店内で許される限りの早足でレジへと駆けこんだ。



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