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14. 女子高生がやったら純愛だよ

「で、西町さん。何か用事があったんじゃないの?」


「決まってるでしょ。明日に向けた作戦会議ですよ」


 さも当然といった調子で言ってのける西町さん。


「作戦会議って、何のための?」


「環くん、意識低いなあ。明日はせっかくのお出かけ、先輩と仲を深めるチャンスだよ。しかけていかないと!」


「また無茶する気? さっきので懲りてないの? あんなにビビり散らかしてたのに」


「う」


 胸を張っていた西町さんが、鴨のような声をもらす。


「だから、その、修羅を目覚めさせないようにしながら、こう、怜先輩と二人きりになる、みたいな」


「言っておくけど、僕がくらら先輩を連れ出して西町さんたちが二人きり、みたいのは無理だよ」


「ヘタレ。そんなんじゃ一生恋愛弱者のままだよ」


 口をとがらせ、言いたい放題ディスってくる西町さん。


「じゃあいい作戦を考えてよ。西町さん、男取っ替え引っ替えの恋愛強者なんでしょ」


「わたしそんな浮気性じゃないよ。いい、環くん? 推しは変ずるものじゃないの。増えてくものなんだよ」


「おし?」


「ジャニーズ・ジュニア、2.5次元俳優、地元クラブのサッカー選手、近くの高校に通うイケメン、アラサーの男性教諭……。わたしにとって恋愛とは、相手を見ること、知ること、そしてグッズを手に入れることでした」


 遠い目をして語りだす西町さん。

 よくわからない単語が多かったけれど、これがきな臭い話だということだけはわかる。


「懐かしいなあ。みんなで出待ちしたり、原宿でブロマイド買ったり、クラブの練習場に名前書いたうちわ持ってったり、いつも乗ってくる高校前の駅から後をつけて家を特定したり、先生が使ったチョークをこっそり取っておいたり」


「いい思い出風に語ってるけどアウトだよ」


「女子中学生のちょっとした背伸びに何てこというの」


「ともかく、西町さんがどのように生きてきて、どのように怜先輩のブレザー事件に至ったかはわかったよ」


「あれは反省してる。同級生に見つかったらまずいっていう発想がなくて。ほら、中学のときはみんな共犯だったから。遠衛は共学だもんね。次から気をつけないと」


「反省するのはそこじゃないよね。それ恋愛じゃなくてストーキングだよ」


「だいじょうぶ。女子高生がやったら純愛だよ」


「その純愛の思い出を明日どうやって活かすの?」


「帰りにこっそり後をつけるとか」


「イエローカード」


「わかってるよ。尾行なんて意味ないって。というか家はもう知ってるし」


「レッドカード」


「環くんだってファウルはしたことあるでしょ。教えてよ、恋愛経験」


「恋愛=ファウルという構図はどうなの。……まあ、退場の経験は、なくはないんだけど」


「その話を詳しく!」


 案の定というかなんというか、西町さんは僕のつぶやきにパクリと食いついてきた。


 その話をするのは気が重かった。

 できれば避けたい。

 もう一生触れたくない。


 でも西町さんは僕に恥ずかしい過去をうちあけてくれている。

 本人も恥ずかしいと思っているはず。

 思っていてほしい。

 思っていないとヤバい。


 ともかく。

 生き恥をされしてくれた西町さんに対し、僕も自分のことを話さないと不公平だ。


 部活、先輩、片思い。

 そうしたワードで紡がれる思い出を、自分の言葉で人に伝えるのは、これが初めてだ。


「……僕が通ってたのはこの近くにある上島中学校ってところでね。中学でもサッカー部に入ってて、女子マネが何人かいた。で、一つ上の先輩が、すごくいい人だったんだ」


 よく気がつき、優しくて、笑顔が明るくて、しょうもない冗談をよくいう人だった。

 後輩をからかうときのいたずらっぽい声と、練習や試合で僕たちを応援するときの必死な声。

 そのギャップがもうダメだった。

 感情を両極に大きく揺さぶられ、そして僕は恋をした。


 二年生になったばかりのころだった。

 その先輩に呼び出されたんだ。

 『昼休みに体育館の裏に来て』って。

 体育館裏は定番の場所だよね。

 人気がなくて、そこに呼び出されたら告白かケンカかシメられるかって相場が決まってた。


 物騒?

 そうかな。

 カミチューってイジメもそんなにないし、平和だったと思うけど……。


 で、行ってみたら体育館の裏にはマネージャの先輩がいてね。

 僕に告白してきたんだ。


 『実はわたし、キャプテンとつきあってるの』って。


 そこにちょうどキャプテンが現れてね、言うんだよ。

 『秘密にしてて悪かった。公私混同はよくないと思ってな。でも、内緒にしたままなのは悪いってこいつが言い出して。俺も堂々と言うべきだと思い直してな』ってね。


 なんでそれを僕に?

 みんなに公表するならなんで先に僕だけ?


 先輩はキャプテンと顔を見合わせながら『環くん、わたしと仲よくしてくれてるから』って教えてくれたよ。


 そうなんだよね。

 明らかに牽制だよね。

 『告白なんてするなよ』っていうね。


 脅迫?

 僕はね、先輩にもキャプテンにも本当にお世話になった。

 二人にはいまでも感謝してる。

 だからそんな言葉は遣えない。


 だから。

 だから……そういう言葉を僕の代わりに遣ってくれて、その、ありがとう。


 先輩たちに、僕はこう応えた。

 『お二人ならお似あいですね! お幸せに!』。


 先輩たちはイエローカードを出してきた。

 警告だね。


 それに対して僕は、自分で自分にレッドカードを出したんだ。

 めでたく僕はセルフで退場。


 好きバレしてたと本人に教えられたときの気持ちはね、一言でいうと『死にたい』だった。


 でも、いま思うとちょっと違ったのかも。

 僕は『死なせたかった』のかもしれない。

 告白に至ることもなく、誰に明かされることもなく、自分自身にすらなかったことにされた僕の恋心。

 行き場のない幽霊みたいなそいつを葬ってやりたかった、のかもね。


 そんな顔しないで、西町さん。

 昔の話だから。


 次の日から一週間、僕は部活を休んだ。

 何が辛かったって、周りの生暖かい優しさがね。

 コーイチも、麻利衣も、希恵ちゃんも、満も、みんな優しかった。

 気を遣ってくれた。


 それが何より辛かった。

 だって感謝なんてできない。

 何でみんな知ってるんだよ。

 気づいてたなら言ってよ。


 とまあ、拗ねてたんだね、僕。


 人生で一番本を読んだ一週間だったな。

 ずっと図書室にこもってた。

 幼いころから妹や母が本を借りたり買ったりしてたから、うちにはいつも本があってね。

 僕も本は読む子どもだったんだけど、読書熱が高まったのはこのときだった。

 いま文芸部にいるのも、このときの一週間があったからこそ。

 そう考えると僕の黒歴史も少しは浮かばれる。


 なんてね。


 僕の話を聞き終わった西町さんは、「うん」とうなずいてから僕の顔をまっすぐに見た。


「話してくれてありがとう。そんな恥ずかしい話、人にするのは辛いよね」


「何で西町さんは言葉のナイフで僕の傷口を抉るの?」


「環くんが気持ちを隠そうとしたり、動き出せなかったりする理由、わかったよ」


「わかってくれて嬉しいよ。僕が傷ついてるってこともわかってくれるとなお嬉しい」


「先輩たちにアピールする積極攻勢って好きバレのリスク高いよね」


「今日の西町さんは勇者だったよ。くらら先輩はもう勘づいてると思う」


「通報されないかな?」


「好意ね、好意。好きな気持ちのほう。行為じゃないよ。犯罪行為のほうじゃ」


「好意は行為だよ。好きは行動に直結するの」


「西町さんは理性をどこに捨ててきちゃったの?」


「わたしが目をつけられてる現状、打破できるのは環くんだけだよ。きっと恋愛の天才である環くんは、うまいことくらら先輩と二人っきりになってくれるんだろうなー。チラッ」


「いやいや。ここは恋の女王である西町さんがいい感じに怜先輩を連れ出してくれるんだろうなー。チラッ」


「それ口で言われると結構イラっとくるね」


「わかってくれて嬉しいよ」


「じゃあ環くん、明日はよろしくね!」


「西町さんこそ、よろしくね!」


「いやいや」


「いやいや」


 いやいやを二十回くらい繰り返したところで、西町さんのスマホに着信があった。

 帰りが遅いからと心配した、西町さんのお母さんからだった。

 いつの間にか空には紅い部分より青い部分が増えていた。


 家まで送っていくと申し出ると、予想どおり西町さんは僕のことをストーカーと決めつけてきた。

 決めつけて、思いつきの言葉で無造作に傷つけて、僕の質問をスルーして、そして馬込川にほど近い新築の豪邸の前で、西町さんは「ありがとう。また明日ね」と手を振り、ドアの向こうに消えていった。



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