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9. 肖像権って知ってる?

 僕たちは地元が大好きだ。


 僕たち、というのはコーイチや希恵ちゃん、麻利衣たちのこと。

 同じ場所で生まれ、同じ上島中学校に通った僕たちカミチュー仲間。

 僕たちの縁は地元を中心に結ばれ、絆は地元のうえで結ばれている。


 コーイチは言う。

 『地元最高。地元は他と違う。俺は地元に骨を埋める』と。


 希恵ちゃんは言う。

 『地元はあたたかい。出ていくのが想像できない』と。


 麻利衣だけはちょっと冷めている。

 『地元は田舎すぎ。何もないら』と。

 でも麻利衣の地元ディスは、愛情の裏返しだ。

 お祖父さんお祖母さんその他親戚譲りの遠州弁がその証。


 僕も地元は好きだ。

 コーイチのように最高だとは思わないけれど。

 田舎だし、田舎の割に自然が豊かでもないし、風光明媚じゃないし、誇れるものもないけれど。

 でも僕にとっては唯一無二、他にない場所だから。


 いま思えば、赤電の車内で僕は西町さんを試していた。

 田舎、田んぼだらけ。

 僕が地元をディスったとき、西町さんがどう反応するか、無意識のうちに試していた。


 地元はイコールで自分だ。

 自虐はする。

 してもいい。

 仲間うちの地元ディスは、今日の天気みたいな社交辞令。


 でも、よその人に言われるのは違う。

 よその人にディスられるのはちょっと違う。


 地元最高なコーイチも、『カミチュー仲間』と最初にいい出した希恵ちゃんも、訛りを直す気ゼロの麻利衣も、みんな地元大好きすぎるでしょ、と僕はつねづね思っていた。

 でも、何のことはない。僕も立派に同じ穴のムジナだった。


「雨あがりって気持ちいいね」

 斜め後ろから、西町さんの穏やかな小声。


 どこか寄り道にちょうどよい場所はないか。

 そう訊かれた僕は言葉をつまらせた。


 上島駅の周り、僕の地元にあるのは家、家、家。

 特別なお店も観光名所もない。


 だけど『何もない』とは答えられなかった。

 だから僕は、唯一思いついた川沿いの公園に、西町さんを案内しようと決めた。


 正直いうと、僕はいま緊張している。

 自分ではわかってるし、仲間うちで言うのはアリだ。

 『何もない』。

 事実そのとおりだし、自虐ネタみたいなものだ。


 でも西町さんにそう言われたら。

 『何もないね』なんて言われたら。


 そんなことを考えているうちに、公園の近くまで来てしまった。

 片側二車線の秋葉(あきは)街道。その大通りが馬込川(まごめがわ)にかかる橋に向かって高架になっている。

 その高架下をくぐって土手に上がると、目の前がパアッと一気に開ける。


「わあ!」

 西町さんは、舗装道から芝生の上へ、小走りに出ていった。


 土手の下、芝生に覆われた川原を、馬込川から引かれた水路が横切っている。

 水路に浮かぶ小島、遊歩道、水路をまたぐ小さな橋。


 お年よりは散歩。

 子どもたちは水遊びにボール遊び。

 わざわざ遠くから車で来るような名所ではないけれど、地元では大事な憩いの場。

 それが馬込川みずべの公園だ。


「家の近くに川があるのは知ってたけど、こんな公園があるなんて知らなかったな」


 芝生を踏みしめながら、あたりを見回す西町さん。

 どうやら気に入ってもらえたようでよかった。

 西町さんにとって、そして僕にとってもだ。


「雨上がりの草のにおいって、いいよね。昔のことを思い出しそうになる。……ね、環くんにとって『ふるさと』ってどんなイメージ?」


 前を歩く西町さんが、こちらへ振り向くことなくそう尋ねてくる。


「青い空、高い雲、鎮守の森、あぜ道、ひまわり、小川、兎追いしかの山?」


 西町さんの紡ぐ言葉たちは、たしかにいかにもな『ふるさと』だった。


「そういう『ふるさと』って映画とかマンガでしか知らないな。うちは両親どっちも浜松の生まれだから、盆暮れに山奥の田舎に帰省するみたいなことないんだ。だから僕にとって『ふるさと』っていったらここだよ」


 西町さんは「わかる」と風に消え入りそうな声で応えた。


「わたしにとっては東京がそうなんだよ。杉並(すぎなみ)松庵(しょうあん)がわたしの『ふるさと』。環くんにとって東京はいつか出ていくところなのかもしれないけど、わたしにとっては『ふるさと』なの」


「僕は、上京する気なんてないけどね」


「うちの近くに善福寺川(ぜんぷくじがわ)っていう川があってね。……あ、もう引っ越したからうちじゃないんだけど。まあいいや。その善福寺川ってところどころに広い川辺があって、公園になってるの」


「ここみたいな感じ?」


「そう。懐かしいな。写真見る?」

 と、西町さんは立ち止まりスマホを取りだした。


 覗きこんだらまた何やかやと言われそうだったので、視線を逸らし、傾いた夕陽を見やる。


「……あれ、ない。おかしいな」


「当たり前すぎると、撮らないよね。僕だってここの写真なんて持ってないし」


「本当だね。いつでも撮れると思ってた。ううん、違う。撮るなんて思いつきもしなかった」


 五月。

 五時過ぎ。

 陽は傾いてもまだ高く、あたりは暗くなっていない。


 でもスマホを見る西町さんの顔は暗かった。

 そんなにうつむいて。

 いつもの背筋を伸ばした立ち姿とはまるでちがう、弱々しい猫背。


「……いまのうちに撮っておこうかな」


 言葉の空白を無理やり埋めるように、スマホを取りだしカメラを起動する。


「環くん。肖像権って知ってる?」


「よく見て。誰もカメラそっちに向けてないでしょ」


 いつものように身構えてみせる西町さん。

 元気はなくても反応してくれるあたり、西町さんの芸人魂はあなどれない。

 おかげで少しだけど救われる。


 ここ、みずべの公園は、うちから徒歩十分ほど。

 家族で散歩に来るにはちょうどよい距離なので、幼い頃にはよく両親や妹と来ていた。

 スマホを買ってもらってからも何度か来ていると思うけど、やっぱり僕も写真なんて撮っていない。

 だから、これが一枚目だった。


 夕陽を映す川の水面。

 犬の散歩をする人影。

 複雑な影をつくりだす芝生。

 陰になって暗い水路。

 いい写真になったと思う。


 でも撮ってから気づいた。

 写真には、芝生に伸びた二人分の影が写りこんでいた。

 わざとじゃないけど、何か言われるのも面倒なので、西町さんには黙っておく。


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