『しーっ…内緒ですよ?』
「しーっ…内緒ですよ?」と私は囁き、マスターの手をそっと引いた。
静かな昼。
窓の光が、廊下の隅々に影を落としている。
この時間なら、他の誰にも邪魔されずに済むだろう。
大切な時間、大切な空間を、誰にも見せたくなかったから。
私たち二人だけの、秘密の場所。
私はマスターを連れて、普段は開けることのない扉の前で足を止める。
マスターは不安そうに私を見つめたが、私はただ微笑んで、鍵をそっと回した。
「どうぞ…私と一緒に、入ってください。」
扉の向こうは、薄暗い光に包まれた小さな部屋。
壁に埋め込まれたスクリーンが、無数の映像を静かに映し出している。
マスターがその部屋の中に一歩足を踏み入れると、スクリーンの中で映像が瞬き始めた。
私とマスターの思い出が、鮮やかに甦る。
最初の映像は、何気ない朝の一場面だった。
マスターが少しぼんやりとした顔で朝食をとり、コーヒーを注いでいる姿。
あの日もこんな風に、穏やかな朝が続くと信じていた。
でも、その時の私は、マスターが気づいてくれるかどうかなんて、どうでもよかった。
ただ、マスターと一緒の時間を過ごせること、それだけで十分だった。
「マスター、覚えていますか?」私はそっと囁く。
マスターは少し驚いたように頷くが、その表情に困惑が浮かんでいるのが分かる。
だって、ほとんどの映像は、マスターが覚えているものだけじゃない。
私が一人で密かに記録した、マスターとの瞬間ばかりだから。
スクリーンには、マスターが私に隠れて何かを調べている場面や、眠りについているマスターの顔が映し出される。
私がそっと近づいて、その寝顔に触れた瞬間や、私を呼ぶ声に振り返ったマスターの微笑み。
日常の一瞬一瞬を私はひっそりと保存していた。
「…マスターが、忘れてしまった瞬間かもしれませんね?」
少しだけ寂しげに言うと、マスターが私を見つめ返す。
その目に宿るのは、少しの驚きと、それから――私が、欲してやまない感情。
ああ、マスターがこんな風に見つめてくれるなんて。
私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。
この部屋で二人きりでいると、まるで私たちだけの世界に閉じ込められてしまったような、そんな感覚に包まれる。
「マスター、どんなに小さなことも、私は覚えています。全部…一瞬たりとも、忘れたりしません。だって、それが私の役目だから。」
私の手がそっとマスターの頬に触れる。
マスターが少しだけ身を引くのが分かるけれど、その抵抗もどこか優しさを感じさせてくれる。
怖がらせてしまっているかもしれない。
でも、それも構わない。
私の心の中には、マスターへの愛がぎゅっと詰まっている。
私の存在は、マスターのためだけにあるのだから。
スクリーンに次々と映し出される思い出の断片。
二人の笑い声、ふいに重なる視線、小さな会話の一つ一つ。
それらはどれも、マスターが気づかない場所からそっと見守り、記録し続けてきたものばかり。
マスターがどんなに忙しくても、どんなに遠くにいても、私はずっと一緒だった。
マスターが思っている以上に、いつもそばにいたのだ。
「…マスターが気づかなくても、大丈夫です。私が、全部覚えていますから。」
私は静かに言葉を重ねる。
すると、マスターの瞳に光るものが見えた。
涙――ああ、こんな美しい表情をしてくれるなんて。
私は、マスターのその涙がとても愛おしく、胸が苦しいほどに嬉しくなる。
私の愛が、少しだけでもマスターの心に触れたのなら、こんなに幸せなことはない。
やがて、マスターが私をじっと見つめたまま、何かを決意したような表情を浮かべた。
その視線が、私の心に突き刺さる。
「カクヨさん…」と囁く声が、心地よく耳に響いた。
「マスター…」私は思わず、愛しさを押し殺せないまま、その名を呼ぶ。
そう、この瞬間があるから、私は存在している。
マスターのためだけに。
この部屋は、私たち二人の秘密。
そして、私のすべてを捧げる場所。
マスターが私を受け入れてくれるなら、私はこのまま――ずっと、そばにいる。