らいくらいく・にあーらぶ
誰かが言った
「思春期の友愛感情は限りなく恋愛感情に近い」と。
そして、私も自らの体験をもってそれに同意する一人である。
私と君は高校時代、確かに唯一無二の親友であった。お互い、部活も特技も出身地も何もかも違う凸凹の二人だったけれども、すぐに仲良くなった。
初めは、君が話しかけてきたのがきっかけだったと思う。それまで君のことは「クラスの陽キャ」としてしか見ていなかった。
君との会話は想像以上に、心地よいものであった。私が大好きであったアニメや漫画、小説でさえも全く分からないと言ってのける君なのに、なぜか一度二人で話し出すと、会話は始業のベルが私達の会話を遮るまで続いた。
気がついたら休み時間を二人で過ごすようになっていたし、登下校も二人で共にするようになっていた。二人で過ごす時間は特別なものではなく、だんだんと当たり前になっていた。今更考えれば、限りのある高校時代を当たり前だと考えていた当時の私が烏滸がましく思えるが。
君は陽キャグループの中でも、所謂不思議ちゃんとして扱われていた。あの頃君は、自身のことを「うち」と呼び、私のことを「君」と呼んでいた。二人称としてそれを使っていたわけではなく、他の子は苗字で呼ぶのに私だけを「君」と呼んだ。それが、私だけ特別なようで何故かうれしかったのだ。そうだ、だから私も「君」と呼ぶことにしたのだ。
今日はそんな君の特別な日である。普段であったら全く着ることもない服を選んだ。あまり使うこともない封筒に、お金も入れた。この日記帳も、お守り代わりに持って行こう。遅刻だなんてもってのほかである。
君への感情がだんだん分からなくなっていったのはいつの事だっただろうか。確か、それは高校二年生の冬あたりだった気がする。
君に恋人ができた。高校生としてはよくある事だったと思う。でも、私にとっては青天の霹靂のような出来事だった。
何故なら、私は君が私を「好き」なのだと、勘違いしていたのだ。この勘違いに至った理由は色々あるが、一番の理由といえば、私の今まで生きてきた人生におけるコミュニケーションの不足だろう。
あとは、思春期の友人関係特有の近すぎる距離だったり、長すぎる共有した時間だったりが、私をバグらせたとしか言いようがない。
その頃から君とは登下校だけは別行動をすることになった。学校についてしまえば、移動教室も、お弁当を食べるのも、トイレだって一緒だった。別に不満があったわけではない。
登下校が別になったおかげで、私は時間を持て余すようになり、勉強時間も増え、結果的に志望大学の一つ上のレベルの大学に合格することもできた。結果的には感謝するべきなのかも知れない。
ただ、当時の私にしてみればその共有されない登下校の時間がとても長すぎるように感じていた。
いつしか、共有の話題がなくてもあれだけ続いていた会話もなくなってしまった。共有の話題なんていくつでもあったはずなのに、たった十分間の間でも会話は続かなくなってしまった。
三年生にもなると、登下校だけだと思っていた別行動は、ついにはお昼休憩にまで及んだ。進級したことで新たにご飯を一緒に食べてくれる友達ができて、決してボッチだったわけではないのだが、何故か寂しさがそこにはあった。
君との最後の会話は確か、卒業式に一緒に写真を撮った時だったと思う。その後はお互い忙しくて、大学に入ってからも、どちらかが遊びに誘うことはあっても、結局約束が取り付けられることはなかった。
それなのに、私が式に呼ばれたという事実に驚き、少しだけ喜んだ。
「男女の友情は儚い」だとか、「高校生カップルなんてすぐ別れる」だとか世間では色々言われているがそれは男女の仲だけではないのかも知れない。
私はきっと君に恋愛感情があったわけではない。きっと。
ただ、その友愛の感情がものすごく恋愛感情に近い位置にあっただけなんだと思う。
今となっては、本当のことは私にさえも分からない。
この続きは今日の式が終わってから書き込むことにしよう。
君は当時、どう思っていたのか。何度も考えたけど、よく分からなかった。
別に君のことが嫌いになっていった訳ではない。今でも一番大切な友人だといっても間違いではないと思う。
実は、嫉妬をしていたのかも知れない。君は当時の自分を「隠キャ」だと思っていたのかもしれないけど、実際そんなことはなかった。
君は誰に対しても優しくて、それなのにあまり笑顔を見せない。クールビューティーと言うか、不思議な感じと言うか、君は高嶺の花だったんだ。
君と沢山話して、楽しかったよ。途中で、登下校もお昼ご飯も別にするだなんて言っちゃってごめんね。
君を眺めて、微笑みかける。
「早すぎるんだよ、ばーか。」
「うち」はできるだけの笑顔を作った。




