3-19 ヴァンパイアは絶滅しました。
世界最後の吸血鬼、黒川 夜舟、世界最後のヴァンパイアハンター、白雲 愛海、彼らは偶然にも同じ学校の同じクラスになっていた。ヴァンパイアハンターは吸血鬼の心臓に杭を突き付けながら、未練を問う。「なにか言い残すことはある?」と。吸血鬼は答えた。「かわいい女の子とイチャラブなデートがしたかった!!!」と。
人類の皆様に嬉しいお知らせです。今宵、吸血鬼ヴァンパイアは絶滅しました。
いや実際にはまだ絶滅していない。だがこれから一分後、僕という世界最後のヴァンパイアは杭で心臓を打ち抜かれて、めでたく永眠することとなるだろう。
「絶体絶命ね? 吸血鬼さん?」
冷たい声色で、僕にそう尋ねる彼女。
彼女こそが僕にとっての死神。現代に生きるヴァンパイアハンターの末裔だ。
昼休み。校舎裏の人気のない体育館で、僕は彼女にぶっとい杭を突きつけられている。しかもその杭、十字架の形になっていた。
「……なぜ、僕が吸血鬼だと分かったんだ?」
バレないように行動していたはずだ。世界最後の吸血鬼たる僕は、種族の誇りをかけて絶対にハンターに見つからないように気をつけていたのだ。
「え?」
「……『え?』って何」
「いや、隠してるつもりだったの?」
彼女はキョトンとした顔で、指折りで数え始めた。
「だっていつもどこかのモデルかってくらい日傘差してるし、日傘差せないときもフードかぶって直射日光避けてるし、誰かが鼻血出すと目がギラつくし、いつもトマトジュース飲んでるし、なんなら更衣室の鏡に姿が映ってなかったし」
数え役満じゃないか!
「男子更衣室を覗いていたのか……!?」
「あなたが怪しいと思ったからよ! 人聞きの悪い!」
覗いていたことに変わりはないだろ!
「あとどっからどう見てもコミュ障陰キャオタクなのに妙にプライドが高いところとか?」
「それはそんなに関係ないだろ!」
だいたい僕は種族的に誇り高いのでノーカンだ。
「何かこう、魔法的なレーダーとかで見つかったのかと思ってた」
「まあそれもあるけど、ずっと無反応だったのよね。もしかして物凄く弱い吸血鬼なの?」
余計なお世話だ!
「……もう吸血鬼なんて絶滅したと思われていた。ヴァンパイアハンターも数を減らしていった。おかげで私が最後のヴァンパイアハンターよ。でもあなたという存在がいるということは、実は残党が生き残っているのかしら」
「いや、正真正銘僕が最後の吸血鬼だ」
「それは奇遇ね。同じ高校の同じクラスに、世界最後の吸血鬼がいた幸運に感謝しましょう」
「僕も同じ高校の同じクラスに、世界最後のヴァンパイアハンターがいた不運を嘆くとするよ」
僕の心臓には依然、杭が突きつけられたままだ。拘束も何もされていないが、逃げることはできない。というか逃げても無駄なのである。彼女は聖なる血を引いた、圧倒的な力を持つヴァンパイアハンターの末裔。
対して僕は、これまでまともに血を吸ってこなかった貧弱な吸血鬼。
勝敗は明らかだ。正体がバレた時点で、既に詰んでいるのである。
「最期に何か言い残すことはあるかしら? 吸血鬼さん?」
ああ、これから本当に死ぬのか僕は。
今までこの時を恐れながら生きてきた。いつか僕の命を狙う者に見つかるのではないかと、ずっと怖かった。
『最後に言い残すこと』だって?
それはつまり未練ってことか?
あるに決まっているだろう。
僕のせいで吸血鬼が絶滅してしまうなんて嫌だ。今まで先祖が積み上げてきた物を、この世界から消えてしまうなど恐ろしい。
まだまだ長生きしたい。吸血鬼という長寿な種族なのに、享年十七歳なんて何の冗談だ。
無様にも、未練は次から次へと溢れてくる。
こんな叶わぬ思いを胸中に抱いたって、全部杭に潰されて終わりだっていうのに。
だが一つだ。
仮にこの数え切れぬ未練の中で、一つだけ叫ぶとしたら。
そんなの、決まっている。
「……したかった」
「え? なんて?」
声が小さくて聞こえなかったのか、彼女が耳を傾けて聞き直してくる。
僕は大声で叫んでやった。
「かわいい女の子とデートがしたかった!!」
「……はあ?」
心底呆れたような目を向けてくる彼女。だがもうヤケクソだ。僕は止まらない。
「ただのデートじゃないぜ! イチャラブな奴だ! 糖分たっぷりな奴だ!」
「え、最期に言い残すことがそれでいいの? そんなことでいいの?」
「『そんなこと』!? 『そんなこと』だって!? それは恵まれた奴の台詞だってことを理解したほうがいい! よくも僕の痛ましい願いを馬鹿にできるものだな!」
「ば、馬鹿になんてしてないわよ。ただ、『デートしたければすればよかったじゃない』と思っただけ」
「ハーーーーッ!? もう一度言うぜ、ハーーーーッ!?」
「な、なによ……」
戸惑っている様子の彼女の顔を、僕は指差す。
「君みたいな恵まれた容姿に生まれた奴には一生わかるまい! きっと君はそこらの町中を歩くだけで声をかけられて男の奢りでデートしてウハウハできるんだろうが僕と君を一緒にしないでほしい!」
「そんな事しないわよ! あなたと私を一緒にしないでよ!」
「恵まれた奴ってのは、容姿の話だけじゃない。この人間社会に人間として生まれてきたってだけで、十分に恵まれた話なんだぜ? 君には四六時中自分の種族を隠さなきゃいけない奴の心労が分かるのか?」
「そんなに隠せてなかったけど」
「うるさいな!」
今は僕のターンなんだ。シャラップ!
「仮に、もし仮にだが女の子とデートの約束を結べたとして、僕はデート前の服選びすら満足にできないんだ。鏡で姿が見れないから!」
「え、ええ。そうね。デートに制服で行くわけにはいかないからね」
「そうだ。そしてデートの場所だって、山と海だったら山にしか行けない! 海は日差しが強いからな。僕はパラソルの下から動けない! そのうえ僕は泳げない!」
「別に山と海の二択ってことは無いでしょう」
「仮に山だったとしても僕は水恐怖症で川は渡れないわ高所恐怖症で吊橋も渡れないわ散々だ!」
「……それは吸血鬼のせいじゃなくない?」
「うるさいっ! どちらにせよ僕は日傘を常備しなくちゃいけないし? それで『もしかしてあの人、吸血鬼なんじゃない?』とか言われたら僕は終わりだ!」
「被害妄想が過ぎるでしょ」
「食事にしたって僕はニンニクが食べられないからイタリアンも中華も駄目だ。女の子に無駄に気を遣わせてしまうとなると気が気でない!」
「でもニンニク嫌いな人だっているし…」
「街を歩くにしたって、僕は十字架を見ると身がすくんでしまうから、教会が目に入るたびに足が止まる! なんなら病院の赤十字を見るたびに動けなくなる!」
「迷惑ねそれは」
「だろう!?」
彼女は綺麗な金髪を手で払い、チラッと十字架の耳飾りを見せてくる。
ひいぃぃぃっ。
「まあつまり僕の言いたいことはだな。日の光の下を歩いてきた君みたいな奴に、僕のような文字通りの日陰者の気持ちなんてわからないってことだ! 僕にとってデートってのは、それだけ大変なものなんだ!」
一連の演説のせいで、僕の息は切れていた。いつの間にか杭は外されていて、僕はボディランゲージを多用しながら訴えかける。
「ハァ……ハァ……そ、そうだ。君は何か、未練はないのか?」
「未練? 別に私は死なないけど」
「君自身はそうだろう。だが、僕という吸血鬼の存在が世界から消えることで、ヴァンパイアハンターという存在意義もなくなる。ヴァンパイアがいなくなれば、君も無職ってことになる」
「言い方は悪いけど、その通りね。ヴァンパイアハンターの私から、ただの私になるわね」
「そうだ。その最後の瞬間を、こんなにあっさり終えていいのか? このまま明日からはヴァンパイアハンターでない自分として日常を歩く……そんなに簡単でいいのか? 最後の吸血鬼とヴァンパイアハンターの戦い……もっと劇的であるべきじゃないか?」
どうやら彼女は口に手を当ててなにか考えている様子であった。よく分からないがここが攻めどきだ。僕はそう確信した。
「このままその杭でプチッとやれば僕はあっさりと死んでやる。僕は弱いからな。それが嫌なら! 愚かな人間よ、最後の試練をくれてやる!」
「試練? 一体何だっていうのよ」
「僕を殺す前に、僕の未練を叶えてみせよ。かわいい女の子を見繕ってきて、僕とデートをさせるんだ! その後ならば僕は喜んで盛大に死んでやろう!」
我ながら最低なことを言っているが、悪くないアイディアだ。ここで一旦は見逃されるし、どこかの誰かとのデートの間なら、逃げる隙くらいあるはずだ。
彼女はしばし考えたあと、言った。
「分かったわ」
「……え? いいのか?」
「私とデートをしましょう」
……?
「私と?」
「そう」
「誰が?」
「あなたに決まっているでしょ」
「僕と君が?」
彼女はうなずく。いやいやいや。
「かわいい女の子……」
「私」
「……まあ」
「文句あるかしら? 『恵まれた容姿』と言ったのはあなたでしょう?」
「確かに言ったけど……」
実際かわいい。ハーフっぽい金髪美少女だ。容姿的には問題はない。容姿的には。
「あなたのような危険な人物に、他人をあてがうわけにはいかないでしょう」
「不審者みたいに言うな!」
「だいたい見繕うのも二度手間だわ。私があなたとデートしてあげるというのだから、あなたは素直に頷けばいいのよ」
「いや、しかし……」
ヴァンパイアたる僕にとってヴァンパイアハンターの彼女は天敵な訳で、まさか天敵とデートするなど……。
「私とデートに行きたくないの?」
「行きたい」
「なら決定ね」
決定してしまった。
女の子とデートをすることになってしまった。
やったぁ。