3-11 天王町の不思議現象、解決します!
小学5年生の朽木奈子が、神社に住む不思議な男の子と一緒に、街に起きる不思議な現象を解決する物語です。街の人たちの記憶から消えかかっている、神様や妖怪がたくさん出てきます。
1. 朽木奈子の状況
まただ、と思った。
黒猫が私の前を横切った。
朝から何回目?
背筋がぞくぞくっとした。
ランドセルの肩ひもを握る手に自然と力が入る。
なんとも言えない怖さに、心臓がドキドキした。
新学期早々、黒猫に会うなんて。とってもついてない。
桜並木の花びらも、道端のたんぽぽも、校庭のチューリップも。晴れた空の下でみんなウキウキする色をしているのに、私はなんで、学校の怪談みたいな現象に悩まされてるの。
車がたくさん走る大通りに出たら、きっと大丈夫。
そう思い込んで私は路地を走った。
私がこの街に引っ越してきてから一年。四年生になる春にお父さんの転勤でこの街にやってきた。
最初はお友達ができるか、新しい学校の先生が怖くないか心配だったし、今までのお友達と離れるのも嫌だったけど。今では仲良しのお友達もできて、楽しく学校生活を送っている。
でも。
引っ越してきてしばらくしてから、私の身の回りで変なことが起こるようになったんだよね。
最初におかしいな、と思ったのはいつだっけな。
なんか、ちょっとしたアンラッキーが多くなったの。
入れたはずの教科書がなくて先生に叱られる。
上靴が片方なくなる。
用務員の先生が間違って私に水をかけてしまう。
何もないところで転んじゃう。
下校中、お気に入りのお洋服に鳥のフンが降ってきたり。
なんていうか、すごくアンラッキーってわけじゃないんだけど、こんなに積み重なったことがない。
気のせいかなって思ってたんだけど、気づいてしまった。
アンラッキーなことが起こる前。
私の目の前を黒猫が横切ってたってこと。
気づいたからなのか、たまたまなのか。
黒猫は頻繁に私の前を横切るようになった。
この街の猫、黒猫がやたら多いなと思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。
もしかして私、黒猫に狙われてるの?
もちろん黒猫が横切った後には、さっき言ったみたいなちょっとした不幸が待ってる。
うまく行くはずだったこの街での生活が、黒猫で台無し。
ある日は猫にごめんねって心の中で言ってみたり、来ないでよって怒ってみたりしたけど。それでも黒猫は私の前を横切ることをやめなかった。
今日は行く道行く道、なぜか黒猫が横切る。
これじゃ明日の私、死んじゃうんじゃない?
それは大袈裟、ううん。あり得ない話じゃない。
だって不幸が重なったら死んじゃうことだって、きっとあるに違いない。
そんなことを考えてたら、私はとっても怖くなってきた。
大通りまで走って、私はゼエゼエいいながら止まった。結構な距離を走った。
片側二車線で、中央分離帯に植え込みがある、大きな道路。
ここでは黒猫は出たことがないから、今までは安心して歩けてたんだけど、今日はなんだか怖い。
だから私は、ぼんやりと考えていたことを決行することにした。
この街には古い神社があって、毎年春と秋にお祭りをする。
今年ももうすぐ、春のお祭りがあるはずだ。
私は去年の秋に、学校の友達と一緒にお祭りに行った。
その後しばらくは黒猫に出会わなかった。気のせいじゃなくて、クリスマスシーズンまでは出てこなかったんだ。
だから決めた。神社にお参りするって。そしたらしばらく出なくなるに違いない。
私は大通りを神社まで駆けた。だってもし万が一、黒猫にまた会ったらすっごく嫌だもん。
この街には大きなお宮さんがある。
学校とか私が薙刀を習いに行ってる町の体育館くらいの敷地の大きな神社。
車通りの多い道に面して、車が2台くらい通れそうな幅で、三階建のビルと同じくらいの高さの石の鳥居が立っている。
振り返っちゃ良くない気がして、私は鳥居の間を走り抜けた。
リイィィン
何処かで鈴の音が響いた。お宮さんの中の一本だけある大木を見上げた。そこから聞こえた気がしたけど、気のせいかな?
手水で手を洗って、柄杓をコトンと戻した。
お祭りの時ははしゃいでしまって、ここで手を洗うのを忘れちゃったけど、今日はお願い事があるし、ちゃんとしたいんだ。
お宮さんの敷地には、小さな社がたくさんある。
分社とか末社っていうんだよってお母さんに教えてもらった。
私は頭が良くなるように、天満宮っていう分社にお参りしたことがある。菅原道真っていう、とっても頭がよかった人が奉られてるんだって。
本殿は一番大きな建物で、ここには天王神社と書かれている。牛頭のとっても怖い神様が住んでるって聞いたことがある。
私はランドセルを下ろして、チャック付きのところに入れておいたお財布を出した。
月のお小遣い500円の私にしては奮発!100円のお賽銭!
お参りの順番ってどうだったっけな。
手に持った100円玉を見つめる。
うーん。
100円でお願いごと聞いてくれるのかな。
欲しかった赤い実文庫の『キラ☆くる』3巻が今月ようやく買える、と思っていたのを諦めて、先に伸ばそうかな。
いやいやいや、まってまって。
お賽銭っていうのは値段じゃないんだってお母さんが言ってた。
本当かどうか分からないけど。
今は都合がいい解釈を信じたい。
よしっ。
私はお賽銭箱に向かって100円を投げた。
コトンコトン、チャリン。
100円よ、私の願いを神様に届けて。
違うか。
なんとか黒猫の呪い?よくわかんないけど。祓ってくださいっ!
二礼二拍手一礼。
願い事を3回、心の中で唱える。
黒猫をなんとかしてください。アンラッキーを起こさないでくださいって。
よし、きっとこれで大丈夫。
一生懸命お願いをしていたら、また澄んだ鈴の音が何処からか聞こえてきた。
顔を上げて振り向くと、男の子が一人立っていた。
この子、中学生くらいかな。私より少し背が高い。
お願い事をする順番待ちをしているんだろう。私、100円玉を見つめたり、黒猫のことを考えたりして、結構時間使っちゃったし。
私は慌てて本殿の真前を男の子に譲った。
でもその子は、ツカツカと私の前まで歩いてきて、立ち止まった。
あれ、お願い事をするんじゃないの?
私が不思議に思った時、男の子が言った。
「娘。お主、狙われておるぞ」
「え?」
「悪戯好きの猫たちを起こしてしまったんだな」
男の子は後ろを振り向いた。正確には、大きな鳥居の向こうを見ていた。
悪戯好きの猫って。男の子の視線の先に猫は見えないけど、この子は何かの動きを追いかけてるみたいに、鳥居の足の左から右に、わずかに首を捻った。
「ははぁ、そうか。奴らはここには入ってこれない。だから今は、姿を消して鳥居の向こうでお主が出てくるのを待ち構えている」
「猫のこと、知ってるの?」
「ああ」
「黒い猫だよ?」
「そうだな、黒色しかおらんな」
「あなた今、奴らって言ったよね」
「言った」
「1匹じゃないの」
「わんさかおるぞ」
男の子はニヤッと笑った。
変な喋り方する子だな。でも、なんだか黒猫のことについては詳しそう。
「黒猫に付きまとわれない方法って知ってる?」
そうだなあ、と男の子はあごに手を当てて、しばらく考えていた。
「お主。何か武芸は嗜んでおるか」
「武芸って?」
「剣や弓、体術だが、体術では何も貸せるものがないのう」
貸せるってどういうことなんだろう。
「えっと。そんなに上手じゃないけど、薙刀ならやってる」
「そうか!それなら」
戸惑う私をよそに、男の子は両手を勢いよく打ち合わせた。
同時に、私の後ろの本殿の扉がバァンと開いた。
びっくりして振り向くと本殿の中が光っている。
「貸してやろう。受け取れ」
光がすうっと私の方までやってきて、光が収まったところに一本の薙刀があった。
私は何かに導かれるみたく、薙刀の柄をつかんだ。
「それでは、お主のお手並み拝見といくかの」
「はいぃ?」
「己に降りかかる火の粉は、己で払えよ」
男の子が腕を一振りしたら、急に天気が悪くなったかのように、辺りが薄暗くなった。
思わず私は薙刀を両手で握りしめる。
「え、鳥居が……」
鳥居の足の間だけが、禍々しい夕焼けの色になって、その向こうから何匹もの猫の鳴き声がした。





