6話
アタシは一心不乱に道のりを走った。真夜ちゃんの家はまだ行ったことはなかったが、アタシが今住む祖父母の家からも見える集合住宅の一室であることは聞いていた。
あれから電話を折り返しても繋がることはなかった。
あの子がアタシに助けを求めてきたんだ、間違いなく怪異に巻き込まれている。アタシが何とかしなくては。
「確かこのマンションよね。何階か聞いてなかったし下から順に…あっ。」
明らかに一室、4階に異常な部屋があった。遠目には暗くなったのもあり良く見えないが、玄関のドアが何かで雁字搦めになっている。怪異に敵意を向けられた時の、何となく気持ち悪い感じがする。
まずあの部屋で間違いないだろう。
「頼むわよ。」
ポケットに入れて来たお守りの存在を確認する。コックリさんが姿を見せて依頼、他の怪異をお守りに食わせることはしていない。記憶の一部と恐怖が蘇ってからは、以前にも増して使用を避けていた。
また何か報酬として失うかもしれない。しかし今は友達を失いたくないという思いがアタシを突き動かしていた。
***
「渡良瀬…やっぱりここね。」
ドアが雁字搦めにされた4階の部屋の前で表札を確認すると、やはり目当ての場所だった。下からはドアに巻きつく物がよく見えなかったが、こうして目の前で見てハッキリした。
イバラだ、蒼いイバラがドアを封印でもしている様に巻きついている。決して外装の類ではないだろう。
ドアを開けるには、イバラを何とかしないとだろう。そもそもイバラを取り除いたとして鍵は開いているのか。
「ご両親は無事かもしれないし、とりあえずインターホンを…。」
チャイムを鳴らそうと人差し指を伸ばした瞬間だった。蒼いイバラが手首を絡め取ったのだ。
「痛った…!」
棘が手首に食い込んでくる。手首のイバラを取ろうともう片方の手で解こうとするも、全く歯が立たない。
「な、何これ、離してったら!」
ドアからは更にイバラが伸びてきて、今まさに襲い掛からんという状況だ。
その時、手首に巻きついたイバラが勢いよく千切れ飛んだ。
「出来るなら最初からやってよね!」
アタシは解放された手に握っていたお守りを、襲い掛かるイバラに突き付ける。イバラはお守りに巻きつくことなく吸い込まれていき、ブチブチと音を立て千切れていく。
そのままドアに巻きつくイバラにお守りを押し付け、吸い込ませた。
「アタシも最初からこうしたら良かったわね。」
ドアに巻きつくイバラを荒方取り除いたとき、ゆっくりとドアが開いた。どうやら鍵は開いていたようだ。玄関には靴が散らばっている。誰か外に逃げようとして、鍵は開けられたが間に合わなかったのだろうか。
「よし、待っててね真夜ちゃん。」
アタシは頼りのトラウマを握りしめ、中へ踏み込んだ。
***
ドアの向こうは床も、壁も、天井も、至る所が蒼いイバラで埋め尽くされた異常な空間が広がっていた。靴を脱ぐどころではなく、そのまま土足でお邪魔することにした。
玄関を上がった先に階段がある。まずは下の階から探ることにする。
一階のリビングと思われる部屋に入ると、イバラに覆われたソファーに人型のイバラが2つ腰掛けていた。アタシは急いでそれに駆け寄る。やはり人だ、人がイバラに覆われている。
アタシはこの異様な空間に侵入した時同様、お守りにイバラを吸わせ取り除いていく。中からは男性と女性が現れた。真夜ちゃんのご両親に違いない。
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」
必死に声をかけるも反応はない。ドラマとかの見様見真似で脈をとり、呼吸を確認してみる。
「い、生きてる?」
『はい』
「…っ!」
急な返事に、声にならない悲鳴をあげた。それは聞き覚えのある声だった。声のした方を振り返ると、そこにはあのコックリさんが浮いていた。
蒼いイバラの張り巡らされた空間に、赤い着物を着た子供が浮遊している。
「な、何よ、いるならいるって言いなさ…痛っ!」
コックリさんを視界に入れた瞬間、急な頭痛に襲われ、堪らず跪いた。
***
「あの子やっぱりちょっと変わってるわ。誰もいない所に向かって話しかけたり、怖がって助けを求めてきたりするのよ。」
「イマジナリーフレンドってやつか?まあ、子供にはそういう時期もあるんじゃないか?あの人形もすごい気に入っているようだし、あの子に
とっちゃ周りのものは何でも、お話できる友達なんじゃないかな。」
「そうねぇ、幼稚園行く時もこの子と行くって言って駄々こねてたわ。」
***
頭痛が治まり、ソファーに腰掛ける2人の顔を確認する。やはり頭の中に浮かんできた映像と同じ人達だ。映像の男女の方が若かったし、話の内容からして2人の子供が幼稚園児だった頃の記憶か。
「今のはあなたが?」
『いいえ』
アタシの記憶喪失に関わるコックリさんなら、他の誰かの記憶を植え付けるくらい出来るのかと勘繰ったが、濡着らしい。コックリさんでないなら、この家中にあるイバラの化け物の影響か。
リビングをよく見渡すと、イバラの所為で分かりづらいが頭の中に浮かんだ映像と同じ部屋だった。さっきのが渡良瀬夫妻の記憶なら当然のことだか、何故だか同じ場所に自分がいることに違和感を感じた。考え事をしながら探索している間にもイバラはこちらの様子を伺うように蠢いている。
「すぐ解決して、あなた達も助けますから…!」
女子高生1人では大人2人を運び出すのは困難だ。こんなおかしな空間を作り出した元凶を見つけ出し、それをどうにかした方が良いと考え、アタシはリビングをあとにした。
***
「あとは2階ね。」
1回を一通り周ったが、ダイニングもキッチンも風呂も、其処彼処をイバラが覆うばかりで目ぼしいものはなかった。真夜ちゃんも何処にもいない。
それにしても、広い家だ。イバラにまみれてなければ、住み心地は抜群だろう。ぜひ今度は普通に遊びに来たいなどと気を紛らせながら薄暗い階段へ足を踏み入れる。それとほぼ同時だった。
「痛っ!また…!」
***
「ちょっと真夜!どうしたのそんな泥だらけで!」
「あ、えっと、転んじゃって。」
「上行く前にお風呂入っちゃいなさい、着替え持ってくるから!」
「う、うん。」
真夜と呼ばれた泥だらけの少女は、おずおずと脱衣室へ向かう。
「ねえ真夜?最近多くない?こういうの。もしかしてクラスの子に…。」
「ち、ちがうの。あのね、帰り道にね、悪いことする子がいるの。その子が来たから逃げるように言ったの。でもみんなそんな子いないって言うの。だから逃げられなくてね。でも、わたしみんなを守ってあげれたよ!ね、ソウビちゃん!」
「そ、そう。いいの、いいのよ。でも辛いことがあったらすぐお母さんに言うのよ。あと、お人形さんは家に置いてった方がいいかな。ほ、ほら汚れちゃうし。」
***
頭の中の映像が途切れ、現実に戻される。イバラに覆われた非現実的な空間に。
「今のは…真夜ちゃんの記憶?」
『いいえ』
完全に独り言のつもりだったところを唐突に否定された。今までアタシ1人ではうんともすんとも言わなかったのに、今回は随分と反応が良い。
「何よ、今回は随分喋るじゃない。じゃあ誰のよ、真夜ちゃんのお母さん?」
『いいえ』
「じゃあ、あのお人形さん?なーんて…。」
『はい』
「…さっきリビングで見たのも?」
『はい』
コックリさんの言う事を信じるのであれば、この異常事態の全貌が見えてきたような気がする。記憶の中のお人形、人形。真夜ちゃんの言っていた、小さい頃から一緒のお人形。てっきりリ○ちゃん人形のようなものを想像していたが、しっかりとした出来の良い人形だったじゃない。まずは真夜ちゃんと、それを見つけ出そう。
アタシは探すべき目標を定め、2階へと続く階段へ再び踏み出した。