5話
「ねぇー真夜ちゃんはやっぱりカミングアウトしないの?私、渡良瀬真夜も不思議ちゃんですって」
「しません。というか、怪異が見える人なのであって、不思議ちゃんキャラってわけじゃ…」
「友達いなくてお人形とお話ししてるなんて立派な不思議ちゃんでしょ。クラスの皆いい子だし、もっと絡みなよ」
今は違うし、クラスメイトにも話かけてくれる人いるし。音色ちゃん以外だと渡辺さんとか、渡辺さん…だけだけど。
今日は音色ちゃん、秋津音色ちゃんの家にお邪魔している。彼女の記憶を取り戻す方法について、そしてコックリさんについて今後どう付き合っていくか、作戦会議というわけだ。
私と違って友達の多い音色ちゃんだが、私以外には記憶喪失やコックリさんのことは話していない。クラスにおいて怪異が見える明るい不思議ちゃんキャラで通していくには、流石にそこまで正直にカミングアウトしたら重いだろうからって。
まあ作戦会議と言っても、段取り良く進むはずもなく、女子高生がダラダラ喋っているだけである。話し相手がいるのが嬉しくて、私もつい余計なことを言ってしまった。
そういえば人形、引っ越してきてから仕舞ったままだったな。脱不思議ちゃんのためとはいえ、偶には出してあげた方がいいかな。
音色ちゃんの思い出した記憶を掻い摘んで纏める。
・コックリさんは音色ちゃん含む4人で行った。名前は思い出せず。
・4人とは別に、私達と同じく怪異を見える子が儀式を見守っていた。名前は黒絹弥生という。
・儀式終盤、報酬として黒絹弥生さんも含む皆の名を示し要求してきた。
・一番最後に音色ちゃんの名が示されそうになり、音色ちゃんは途中で強引に儀式を中断した。
・音色ちゃんを置いて皆逃げ出した
「なるほどね。その後音色ちゃんは教室で気を失ったと」
「うん。気を失う時コックリさんの声を聞いたよ。『はい』って。あの時、真夜ちゃんと聞いたのと同じ声。質問とかした覚えはないんだけど」
質問でなくとも返答することがあるのか。先日儀式に使用した紙と10円玉が揃いコックリさんが姿を現した。その際はいといいえしか返答はなく、当時の事についても詳細には聞き出せなかった。
「黒絹さんを見つけ出すしかないのかな。先生も連絡先知らないそうだもんね。探偵に依頼するとか?でもお金かかるよね」
「もしくは…」
音色ちゃんはバックからお守りを取り出す。あの、紙と10円玉を入れたお守りを。
「む、無闇に呼ばない方が良いんじゃ…」
「現状居場所の分かる当事者はこいつだけだよ」
お守りから中身を出そうとする彼女の手を両手で押さえて制止した。
「待ってよ、今度も大人しく帰ってくれるとは限らないよ。それにまた報酬を要求してくるかも。相手は妖怪みたいな存在だし、もし、もしだよ?名指しした人の…その…」
「寿命とかかもしれないよね?」
音色ちゃんは少しうつむいて、私が口にするのを恐れたことをハッキリと声出した。
「名指しされそうになったアタシが、記憶を失った。だから、他の皆はもっと大きなものを失っているかも…。当時アタシとコックリさんをした人が誰も名乗り出なかったけど、そもそも居なくなっちゃっていたとしたら…。存在も、他人の記憶からも…」
私はまた音色ちゃんが恐怖と自責の念に駆られるのではないかと思い、両手でお守りを握る彼女の手を包んだ。
「大丈夫、大丈夫だから、他の手段探そう?」
「アタシ確かめたい!コイツが、ううん、アタシが皆を消してしまったんじゃないか!」
『いいえ』
何処からともなく、あの少年のような少女のような声が部屋に響いた。部屋中見回しても私達2人以外は当然いない。先日小学校の教室で相見えた獣の耳と尾を生やした怪異もいない。
「こ、コックリさんの声、したよね?」
「うん、間違いない。アタシの言ったことに答えたんだと思う。だったら…」
音色ちゃんは冷静さを保ってはいたが、手から熱と速まる脈が伝わってくる。
「本当に、あの時の皆は今も生きているの?」
『はい』
「ならアタシ達に報酬として要求して、取っていったものは何?」
『…』
「皆は今何処にいるの?」
『…』
コックリさんの言うことを信じるなら、当時の音色ちゃんのお友達は無事という事だ。しかしあまり多くは語ってはくれない。
「なんか、『はい』『いいえ』しか言わないのかな」
「アタシも思った。ねぇ、やっぱり試したい、紙と10円玉使って」
「わ、分かった」
私達はお守りの中から紙と10円玉を出しテーブルに広げる。
「真夜ちゃん、お願いできる?」
「うん」
2人で10円玉に人差し指を添える。
「コックリさん、おいでください」
ふと、部屋が少し暗くなる。日が沈んだにしては急だ。
いる。コックリさんだ。部屋に差し込み日を遮る位置に浮かんでいる。あの、獣の耳と尾を生やした子供がいる。
「すんなり来てくれるじゃない。もう一回聞くけど、あの時の、小学5年であんたを一緒に呼んだ子達は今何処よ!口で言えないなら、小銭動かすなりしなさいよ!」
音色ちゃんは恐怖を押し殺すためか、怪異に対し強気に食って掛かる。10円玉を通して震えが、緊張が伝わってくる。
怪異はといえば、ダンマリだった。声も出さず、10円玉が動く気配もない。
「何とか言いなさいよ、何だったら教えてくれんのよ!」
「ねぇ音色ちゃん、私も聞いてみていい?」
「コックリさんの儀式は、今は出来ないの?10円玉を動かすことは出来ないの?」
私ははいかいいえで答えられるように聞いてみる。
『はい』
「どうして…って聞くのはムリか」
「じゃあ何がダメなの?場所?時間?」
『いいえ いいえ』
「人…とか?」
『はい』
「分かった、私じゃだめなんだ。最初にコックリさんを呼んだ子達でないとダメなんじゃないかな」
『はい』
「ええ!?その子達を探したいのに!?」
***
「はあ、進展した様な、してない様な」
日が沈みかけ、街灯が点灯し始めている。まだ夕暮れは肌寒い風が吹いている。
「でも、あの怪異が今のところ命を狙ってる訳ではないようだし。黒絹さん達、当時の子達が無事なのも分かったし」
「まあね」
そう、コックリさんの降霊術を行なった子達の安否は確定、皆無事という事だ。ただ、所在は一切不明で、音色ちゃんの様に記憶か、或いは別の何がを失っている可能性も否定出来ない。
と言うのも、コックリさんに他の子が記憶喪失になったか聞いても答えが返って来なかったからだ。これに関してはわからないから黙っている、といった雰囲気だった。また、何か別の失ったものがあるか聞いてもダンマリだった。特にいわゆる5W1Hには無反応ということが分かった。
「あとさ、アタシ的にはコックリさんが確実に存在してるっていうのが、実は安心した部分もあって」
「え?なんで?最初あんなに怖がってたし、今日だって心配したんだよ?」
「あー、まあ、あの時はビビっちゃったけどさ。ほら、アタシ記憶ないじゃん?コックリさんやる前の。だからアタシって本当に秋津音色でいいんだよなって考えたことあって。所謂狐憑きっていう奴だったらどうしようってさ。アタシ小さい頃と見た目の雰囲気も変わったみたいだし」
確かに先日会った音色ちゃんの小学校の先生が音色ちゃんに大人になった、変わったと言っていた気がする。今日小学校のアルバムを見せてくれたが、かなり雰囲気が違っていた。
「ま、素で狐が化けた様な傾国の美女に成長したってことだった訳だ!記憶は思い出せるなら思い出したいから、自分探しと弥生ちゃん達の捜索は続けるけどさ」
余裕ぶって、やれやれと大袈裟に振る舞っているが、多分本当はまだ不安なのだ。記憶を、過去の自分を失ったことが。
だから、わざわざ私に伝えてくれたのだろう。
「では傾国の美女様?私めで良ければ、また何かありましたらいつでも頼って下さい、ね?」
「ん…ありがと」
「また真夜ちゃんの、無い胸貸してね?」
「二度と貸さんぞ」
***
音色ちゃんの家から帰った私は、自室を見渡し物足りなさを感じていた。
そうか、テーブルや座布団がない。お客さんが来た時もてなす用意が全くない。椅子だって勉強机と一緒に買った物が1つあるだけだ。しばらくまともに友達が居なかったから、そういうのを揃える発想がなかった。
所謂女子力的なものはともかく、もう少し部屋を充実させた方が良いだろう。物の配置も変えようか。
そんな事を考えながら、夕食まで時間があるので部屋の掃除を始めた。何かの拍子に始めると何故こうも止まらなくなるのか、いつの間にか本格的に掃除をしていた。最後に床を拭こうと、ワイパーを探す。自室のクローゼットにあっただろうかと思い、クローゼットの戸に手を伸ばした。
***
「コックリさん、おいでください。…ダメか」
アタシは1人自室で再度コックリさんを呼び出そうとしていた。何度か呼びかけたり、質問を投げたりしたが無反応だった。お守りに1人でブツブツと語りかける不思議ちゃんがいるだけだ。
「あーもう、アタシ1人じゃダメ?真夜ちゃん居ないとヤダ?真夜ちゃんのファンですかー?」
1人で不安な気持ちを紛らせたくてふざけてはみても、それすら反応するものはなかった。
自分1人ではコックリさんは出て来なければ、返事もない事が分かった。あの怪異とやりとりするには真夜ちゃんもお守りないし10円玉に触れている必要がありそうだ。かつてコックリさんをやったメンバーでなくても、霊感が強い人、霊力のある人なら『はい』『いいえ』を聞くとこまでは出来るのかもしれない。
このことは真夜ちゃんに報告しよう。1人で試したことは、すごく心配するだろうけど。小学校の教室では情け無い姿見せちゃったからなあ。
真夜ちゃんに会ってからというもの、自分の中の時間が動き出したようだった。記憶も一部だが取り戻すことができた。
アタシは間違いなく秋津音色だ、それで良いんだ。他の何者でもない。
あの時真夜ちゃんを助けられて良かった。あの交差点でもしものことがあれば、アタシは自分と、過去と未来の友達すべてを失っていただろう。
助かるといえば、このお守りには今まで助けられて来た。あの交差点でも。捨ておけない怪異が居た時は、このお守りで退治出来たが、コックリさんがやってくれたと考えるのが自然だ。
「もしかして、あなた結構味方だったりする?最近怪異に出くわす回数も減った気がするんだけど」
返事の代わりに、振動音が部屋に鳴り響いた。
「わあ!?なんだ電話?真夜ちゃん!?珍し、忘れ物かな」
奥手な真夜ちゃんから連絡は珍しかった、まして電話なんて初めてだった。
「もしもし?真夜ちゃん?何か忘れ物でも…」
『音色ちゃん助けて!!』
第一声で非常事態であることは瞬間的に理解した。しかも、親や警察に連絡するでもなく、アタシに電話をかけてきた。答えは1つだ。
「何かヤバイ化け物出た!?襲われてる?今何処にいるの!?」
『じ…へや……ゼット……ラ……ひっぱ……』
「何?何処にいるの?電波が悪いけど、部屋!?」
ブツン
電話は途中で切れてしまった。辛うじて部屋らしき単語は聞き取ることができた。あの子が真っ直ぐ帰宅したなら、自分の部屋だろう。
ただ、自宅に怪異が出たなんて話は聞いたことがないし、あの子ならちょっとした浮遊霊程度なら無視するなりしてやり過ごせるだろう。
とにかく行くしかない。アタシは祖父母に声をかけ、足速に彼女の家へ向かった。