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3話

「そうだよね、見えてるよね。絶対そうだと思って声かけたんだから。」


私、渡良瀬真夜(わたらせまよ)と彼女、秋津音色(あきつねいろ)さんは横断歩道を渡った先の珈琲店で向かい合い座っていた。秋津さんの誘いで此処で腰を据えて話そうということになった。私は彼女に本当は怪異が見える事と、先程命を救われた礼を伝えた。


「でもなんですぐ言ってくれなかったの?アタシ見える人募集してたよね?幽霊見えてるって言ったよね?教室内で言い辛くても、2人きりなら言ってくれても良いじゃない。」


「教室にいた時は幽霊を見えてないように見えたし、私以外に見える人なんていないと思ってたから、信じられなくて…。」

「え、まさかあれが本音!?自分だったら見える人だって受け入れられないと思ってて、受け入れられた超絶美少女でスタイル抜群、おまけに文武両道の聖人君子な音色ちゃんが恨めしくてたまらなくて拒絶したっての!?」


そこまで言ってないが。でも、相手は命の恩人。私は珍しく腹を括ってなんでも話そうという気になっていた。


「あーあ、出る杭は打たれると思って不思議ちゃんキャラでバランス取ろうとしたのに。そうか、見える人同士だと普通に嫉妬されるのか。音色ちゃんてば罪な女。」

「だから違くて、言いふらされるのが嫌なだけ。だって中学の頃はそれで気味悪がられてたし。さっきみたいに怪異に振り回されてる間、見えない人からしたらやっぱり理解できないから。」

「一度不思議ちゃんで通せば、ああまたか、てな感じで流されるんだけどな。」


それはあなただから、と言いかけてコーヒーと一緒に飲み込んだ。


「本当に見えてるかどうかも含めて、信用して良いのか分からなかったから。あと、教室で見た時と雰囲気違って、その、ちょっと怖かったです。」

「アタシが?あー、でもそうか。もう少し猫被ってるつもりだっんだけどね、先走って素が出てたのかも。てか今もう素だし。」


やはり不思議ちゃんはキャラ作りで、今の彼女が本来の姿のようだ。教室にいた時に比べ声のトーンは低く、話し方も落ち着いた印象を受ける。


「まあでも、正直嬉しかった。アタシ以外に見えてる人がいて。」


それは私もそうだ。彼女が間違いなく自分と同じだと確信した今、もう誰にも言わないと決めていた事を言える相手ができたのが本当に嬉しく思う。心配かけたくないから、長らく両親にもオカルトな話はしていない。小さい頃から一緒のお人形には色々愚痴っていた不思議ちゃんだったけど。


「ま、いいわ。そんな嫌なら絶対言いふらさないから。」

「う、うん。お願い。」


秋津さんは私の方針を受け入れてくれた。良かった、これで『普通』の女子高生として生活できれば言うことなしだ。


「ところで渡良瀬さんて、いつから見える?」

「え、えと、物心ついた時には。」

「そう。私はね、小学6年から。多分ね。」


多分とはどういうことだろうか。私みたいにいつだかハッキリしないくらい小さい頃からならまだしも、小学6年生である時突然見えるようになったら日付まで覚えていそうなものだが。


「アタシさ、記憶がないんだ。小学校より前の。」


予想打にしないカミングアウトに私が何も言えないでいると、秋津さんはカバンのポケットから何かを取り出した。あの女の人の幽霊を吸い込んだ、あの何かを。

それはお守りだった。どこの寺社仏閣でも手に入りそうな、よくあるお守り。

彼女はお守りをおもむろに開けて、中から折りたたまれた紙を取り出してテーブルへ広げてみせた。しわしわになっていて、所々汚れもある。年月の経過で若干文字が擦れているが、何が書かれているかハッキリ分かった。

紙には五十音表が書かれていた。紙の上部には鳥居が描かれ、その両脇に『はい』と『いいえ』。下部には0から9の数字が書かれている。


「これ、コックリさんだよね。」

「そう。アタシはこの紙を握りしめて教室に倒れていたらしい。教室でその儀式をやって、なんかあったんだろうね。それが小学5年の終わりで、目が覚めたのが約1年後。大変だったよあの時は。記憶がないは、寝てる間に両親が離婚してるは、そのせいで転校するは…。まあ記憶ないお陰で寂しさはなかったけど。」


彼女は寂しくないと、さも平気だという風態で話を進める。でもきっと怖かったはずだ。忘れたい過去はあっても、それまでの記憶を全て失うなんて想像がつかない。それに家族まで失うとなれば、心細かったことだろう。


「で、結局両親共に蒸発して、今は祖父母に世話になってるって訳。」


彼女は話終えると残っていたコーヒーを飲み干した。


「そんな大変なことがあったなんて、今の秋津さんからは想像つかない。強いんだね、秋津さんは。幽霊も自分でやっつけちゃうし。」

「同情してくれた?なら、この音色ちゃんを可哀想と思って、ひとつ頼まれて欲しいんだけど…。」

「同情っていうか、秋津さんは命の恩人だし、私に出来ることなら協力するよ。」

「マジ?やっぱ情けは何とかかんとかって事ね。じゃあ…。」



***



あれから数日後、学校が半日の日を利用して、秋津さんの頼みで私達は2人ある場所に向かう為電車に乗っていた。


電車内は人が疎で、私達は椅子に座ることができた。疎の筈…だよね?


「ねえ、何人?アタシはこれ。」


そう言って、秋津さんは左手の指を四本立てて見せた。私は少し考え、右手をパーにして見せた。


「えっヤバ!五人!?まさか負けるとは。渡良瀬さん見かけによらず経験豊富なんだ。」

「え、何言って、ち、違うよ!私はてっきり…!」

「冗談。やっぱ渡良瀬さんの方が見えてるね。霊感アタシより強いんだろうな、それであの時の幽霊にも目をつけられてストーキングされたんかな。」


『普通』なら車両内はもっと空いて見えただろう。でも私達には見えていた。

私達、そう私達なのだ。もう1人ではない。その事を確かめるように、秋津さんは学校から駅までの道程でもアレは見えるか、何人いるかと聞いてきた。

先日の珈琲店にて連絡先は交換していたが、直接2人で話すのは少し久しぶりだった。クラスだと全然グループがちがうから。グループは大袈裟か、私の雑談相手は依然前の席の渡辺さんくらいだ。人気者の秋津さんはいつも人に囲まれていた。不思議ちゃんキャラもすっかり定着しているようだ。

私も怪異が見えるという事は、約束通り秘密にしてくれている。


「まあ、今日なんかあったらまたアタシが何とかするからさ。」


秋津さんが私と違うのは、怪異を何とかしてしまえるところだ。先日の交差点の件のように。あのコックリさんに使った紙の入ったお守りをカバンにしまっておくと、カバンで殴ることが出来るそうだ。お守りを握って直接パンチした方が効くらしいが、直接怪異を触りたくないと言っていた。大抵はそれで追い払えるが、それでもダメな時は最終手段がある。お守りを直接怪異に押し当てると吸収されてしまうのだ。ただこれは出来るだけやりたくないとも言っていた。紙に何かヤバイモノが宿っていて、それを育てているかもしれないから。


「渡良瀬さんは囮…じゃないや、レーダー役宜しく。」


本当に何とかしてくれるなら、囮でもいいけど。恩もあるし。それに、私は嬉しかったのだ。見える事を理解できる人がいる事が。単純に、だれかに頼って貰えることが。


「着いたよ。」


私達は電車を降り、目的地付近まで運行するバスに乗り換える。

最後部の窓際に座った秋津さんは、口数が減り静かに外を眺めていた。目的地が近づくにつれ、流石に緊張してきたのだろう。私からも何か話題を振ろうか。それとも今はそっとしておくべきだろうか。



***



「久しぶりだな、最後の方以外、殆ど覚えてないけど。」

結局何も思いつかないまま、目的地に着いてしまった。私達はある小学校に着いていた。秋津さんが6年間通った、筈の小学校だ。校庭から、学童保育の子供達だろうか、元気に遊んでいる声が聞こえてくる。2人で校門で待っていると、40歳前後であろうか、この学校の先生らしき女性がやってきた。


「先生、お久しぶりです。卒業以来ですね。」

「秋津さん…でいいのよね。随分大人になったというか、別人だわ。久しぶり。よく来たわね。そちらが…。」

「あ、渡良瀬です、宜しくお願いします。」


軽く自己紹介を済ませ、3人は校内へ向かった。この先生は秋津さんが記憶を失った当時の担任で、その後も秋津さんのことを気にかけてくれていたそうだ。


「やっぱり、記憶はまだ戻ってないの?」

「最近ちょっとだけ思い出したような気がするんだけど、ダメですね。」


秋津さんは5年生の頃に恐らくコックリさんを行い、それ以前の記憶を失ってしまった。6年生の頃は殆どの期間意識不明の状態で、小学校以前の事は今でも思い出せないでいる。今日は思い出すきっかけになればと、先生の協力を得て小学校を訪れることにしたのだ。私はその同行を頼まれ一緒についてきた。


「なんか渡良瀬さんと一緒だと思い出せそうで。それで無理言って着いてきてもらいました。当時の友達に似てるのかな。でも卒業アルバム見てもピンとこなくて。」

「顔じゃなくて、なんとなくの雰囲気かもしれないわね。霊感がある人にだけ感じるものがあるとか。先生にも何かわかるかしら、ううーん。」


先生は私の方をじっと見て、かつての生徒を思い出そうと記憶を辿る。私は先生に気になっていた事を質問してみる。


「あの、秋津さんがコックリさんをやったなら、1人では絶対やらないというか、出来ないと思います。誰も一緒にコックリさんをやった事を名乗り出なかったんですか?他に教室で倒れていた生徒もいなかったんですか?」

「そうなのよ。誰も、何も知らないって。教室に倒れている秋津さんを見つけたのは偶々忘れ物を取りに来た生徒だったけど、他は誰も居なかったそうよ。」

「程度は違ってもアタシと同じで記憶を失くしてたのかも。コックリさんやったことだけすっかり。後は、怖い目にあって言い出すのも嫌だったとか?」


そうなると、記憶を取り戻すには秋津さんが自力で思い出す他なさそうだ。

私はもう1つ、気になる事があった。コックリさんをやった人が何人かは分からないが、秋津さん同様に怪異を見えるようになった人はいなかったのかという事だ。


「あと、秋津さんの件の後、何か変わった言動をとる生徒は居なかったですか?その〜、えっと、集団ヒステリー?みたいな。」

「それが何もなかったの。昔は国内や世界でも、そんな事件もあったらしいけどね。」


「…着いた。」


先生に当時の事を聞きながら校内を周り、私達は最終目的地に到着した。秋津さんが倒れていた、5年A組の教室だ。


「大丈夫?秋津さん?」

「はい、大丈夫。平気です。」


秋津さんは意を決して教室に入る。私は2人の後からついていく。窓から夕陽が差し込む、初めて来た私でもなんとなく懐かしさを感じる、よくある教室の風景。

私は注意深く教室内を見渡す。私達以外誰もいない。怪異らしきものも、何もなかった。此処で降霊術を行なったのなら、良からぬモノを呼び寄せてはないかと警戒していたがひとまず安心した。


「どう?なんか見える?」

「ううん、今のところ何も。」


私と秋津さんは小声で教室内に怪異が存在しないことを共有した。私が霊感あることが先生悟られないよう、気をつけてくれている。信用しているであろう先生に対しても、秘密を約束を守ってくれているあたり、素の秋津さんは本当に真面目だと思った。


「コックリさんやるなら机の上だよね。どこの席だろう。」

「秋津さんの席は確か、前の方だったはずよ。」


秋津さんはお守りからコックリさんの紙を出し、教室の前方、教壇の近くの席に広げて当時を再現しようとした。よく考えたら、お守りの中身を取り出して詰め替えているのは、まあまあ罰当たりな気もするが。封印になっているなら、それに越した事はないが。



チャリン



机の上に紙を広げた瞬間、僅かに、何処からか音が聞こえた。


まるで、コックリさんには欠かせないであろう小銭が床に落ちたような。

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