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1話

四月某日、私は目的地へと続く桜並木を歩いていた。今日から私の女子高生としての3年間が始まる。この3年は、なんとしても普通の高校生活を過ごしたい。中学生の3年間は色々あって通学出来ない時期もあった。いや、そもそも小学生の頃だって、義務教育の期間いい思い出なんて碌にない。今日から通う学校を選んだのだって、今までの自分を知っている地元の人がまず居ないであろう距離にあるからだ。1人暮らしを始めるつもりであったが、両親は家族で一緒に引っ越すことを提案してくれた。こんな私をずっと支えてくれて、愛してくれて、本当に感謝しかない。両親に報いる為にも、普通に学校に通って、普通に友達もつくって、普通の女子高生としての姿を見せて安心してもらうんだ。そう、風に吹かれて舞う桜の花弁を目で追いながら決意を固めたのだった。


だったのだが…。


やらかした。完全に出鼻を挫かれた。あんなキョドりまくった、吃りまくった陰キャ丸出しの自己紹介をする羽目になるとは。入学式が終わり教室に戻ってから、改めて担任の先生が自己紹介をする。年は29歳、教科は数学、そしてテニス部の顧問だったはず。ノリの良さそうな、でもチャラいのとは違う、そんな雰囲気の先生。

だがそのノリで生徒の自己紹介の順番を出席番号の逆からにしたのは許さん。そんなの定石通り出席番号1番から、即ち五十音順にやったらいいんですよ。その方が、名前の順で名乗った方が絶対皆の名前を覚えやすいと思いますよ。何より私が1番最後になります。何を話そうか熟考する時間をたっぷりとれるし、心の準備ができるのが大変ありがたい。それなのに逆からだとどうなりますか?私が1番最初になります。そりゃあ自己紹介くらい考えてはいたけど、あんまり紹介出来ること思いつかなかったけど、生まれて初めてのトップバッターだったんだから。


そうだ、仕方ないことだ。いいじゃないか上手くいかなくたって、陰キャだったって。『普通』の陰キャの女子高生ってことで。何を高望みしていたんだ。私が求めている『普通』は別にクラスの中での立ち位置的なものではないのだから。

それに、今回失敗したのは急だったからビックリしただけだし…。一難さったからもう『普通』でいられるし…。


私の何を言ったかも覚えていない自己紹介のあと、私がいなければ1番最初に自己紹介をする羽目になったであろう渡辺さんから順に椅子から立ち上がり自己紹介を進めている。私がヘマしてる間に緊張が解けたでしょう渡辺さん?お礼にお友達になってはくれませんか?お願いします後生ですから。クラスメイトになった人達はこの辺が地元の子、ちょっと遠くから来ている子、いかにもクラスのムードメイカーになりそうな元気な男子、同級生とは思えない程大人びた女子、いろんな子がいる。当然ながら私からすれば初めましての人ばかりであることに、ひとまずは安心した。過去の私を知る人がいなければ、後は自分次第だ。やはりというか、当然というか、『普通』であるよう努めているのは私だけみたいだし。


先生がその場合のノリで茶々を入れたり、質問してその子のことを掘り下げたりして賑やかしながら、つつがなく30数名の自己紹介は進んで、残すは最後の1人となった。もちろん逆名前の順で行ったので、最後は『あ』から始まる人物である可能性が高いだろう。最前列の廊下側の席に座る暫定『あ〜』さんは元気よく立ち上がり、クラスの皆から顔が見える様に振り返る。ちょうど最後列の窓際、場所だけなら主人公らしさのある私の席の対角に、彼女はいた。すらりとしており体のパーツのバランスが良いからか、姿勢が良いからか、実際の身長より背が高く見えた。染めた用に綺麗な茶髪。白い肌。ツリ気味の両目を輝きかせて、左右対称な笑顔を咲かせる。クラスの女子が順に自己紹介してきたが、1番可愛いと、美人だと思った。決して私の趣向の問題ではない。その場にいた男子はもちろん、女子だって皆彼女に魅了されていた。彼女は明るくハキハキと、最後の自己紹介を始めた。


「初めまして!秋津音色(あきつねいろ)といいます!気さくに『音色』とか『音色ちゃん』って呼んでね!好きな食べ物は、うーん、麺ならなんでも…でも、うどんが特に好きかな。運動が好きだけど、部活はどうしようかちょっと迷ってます。」


彼女、秋津音色さんが話している間皆釘付けだった。女子達は一緒に部活見学に誘えないだろうか、男子達は秋津さんがマネージャーやってくれたら俺頑張っちゃうな、なんて考えているのかな。彼女は話の締めに入る。


「あと!私、こう見えて霊感があります!」


は?


「はっきり、くっきり、見える訳じゃないけど、調子が良ければその辺にいる幽霊とかも見えてます!だから、オカルトチックな、怪異に関する悩み事あったら相談してね!私と同じ見える友達も募集してまーす!よろしくお願いしまーす!」


唐突なカミングアウトに教室中は困惑。事実だとしても、登校初日の自己紹介に話す様な事か。最後は不思議ちゃんか〜との先生の発言を皮切りに、教室に和やかな雰囲気が帰って来た。不思議ちゃんは役目を終えて、やり切った充実感とともに椅子に座り教壇の方へ向きをなおす。


まあ、十中八九ウケ狙いだ。そんなことをして目立つ必要のない美貌とキャラクターを持っているのに、変な子もいたものだ。


いや、変な子なんて失礼なことを言ってしまった。あなたは全くもって『普通』です。だって、幽霊が見えるなんて、嘘だから。『普通』の人だから。


見えていないんでしょう?今あなたの机の前に立っている女の人。


その女の人、あなたが自己紹介してる間、あなたの顔を何度か覗き込んでいたけど、分からなかったんでしょう?気付かなかったんでしょう?



私なんかただでさえ1番に自己紹介する羽目になって、緊張でガチガチだったのに。その人がおもむろに目の前に現れて、じろじろ見られて、本当に驚いたんだから。


***


私は帰路に着きながら教室での事を思い出していた。クラスの自己紹介を終えた後は、先生から諸々の連絡事項があってからひとまず初日は解散となった。多くの人はすぐには帰路に着かず、同じ部活に入ろうとしている人、なんとなく雰囲気の近い人同士集まってSNSの交換などしていた。コミュ力ある人は凄いな、本当に初対面かと疑う。当然ながら私がそんな輪の中に入れる筈もなく…。

だがそんな私に救世主が現れた。前の席の渡辺さんだ。自己紹介私が最初にやってやったんだぞ、という恩着せがましい思いが通じたかは分からないが、その事をネタに声をかけてくれた。連絡先まで交換してしまった。ありがとう渡辺さん。これで『普通』の女子高生への一歩を踏み出すことが出来ます。

一時はどうなるかと思ったものだ。初っ端から怪異が教室を彷徨いているのだから堪ったものではない。あの女の人からは悪意のようなものは感じなかったが、順番に生徒の顔を覗き込んでいくから少しヒヤヒヤした。まあ、見えているというだけで、怪異を祓ったり封印したり出来る様な力は持ち合わせていないから、何事も無いよう祈ることしか出来ないが。小さい頃はそのことを弁えず、理解できず、自分がなんとかしなくてはと意気込んでいた。自分は見える事を周りに吹聴し、あそこに怪異が居るから近づいてはいけないと忠告した。小学生の頃は変わった子という立場である程度済んでいたが、中学生から明らかなイジメになった。中学生の頃には自分が『普通』ではないこと、そして怪異をどうこう出来る程特別でもないことに自覚が芽生え始め、怪異について言及しないよう努めていたが、過去の言動を掘り起こされ続けた。『普通』の人達からすれば何もないところで、おっかなびっくりしているのも不気味だったのだろう。だから、人生をやり直すため誰もかつての私を知らない土地へ来たのだった。

見えている異常な人は私だけだ。今日の教室でも、あれで見えていないフリをしている人がいたら、相当な胆力の名優だろう。


またあの女の人は現れるだろうか?他の怪異が学校に現れるだろうか?いや、何が出てきても無視だ、無視。今日は緊張してただけ。私は『普通』になったのだ。1人ぼっちでお人形さんしか話し相手がいなかった、かつての不思議ちゃんは卒業したのだ。


「おーい!」

再度決意を固めながら、再び登校時に通った桜並木に差し掛かると、後ろから聞き覚えのある声がした。

「あ、やっぱりそうだ!」

そう言いながら声の主は私の隣に並んだ。

「渡良瀬さん、渡良瀬(わたらせ)真夜(まよ)さん!だよね?私のこと分かる?同じクラスの…」

「…秋津音色さん。」

「そう!良かったー覚えてくれてた!」

と、声の主にして現不思議ちゃんの秋津さんが分かりやくす喜ぶ。逆によく私なんかの名前覚えてくれてたな、1番に名乗ったらそういうものなのか?あの後沢山の人に囲まれ人気者だったというのに、まだ会話もしてない自己紹介を聞いただけのクラスメイトの名前もちゃんと把握しているのか。これがコミュニケーション強者か。秋津さんは隣に並び桜並木を2人で進む。こうして隣で見ると本当に美人さんだ。身長150前半の私が少し見上げる形になるから、彼女は160前半だろうか。

「引越して来たんだよね?もしかして近所かな、私今おじーちゃんとおばーちゃんと住んでるんだ。」

どうやら私は自己紹介で引越してきた事は言ったらしい。覚えてないが。

秋津さんも比較的最近こちらに来て、祖父母と暮らしているらしい。理由は言わなかったが、自分が聞かれたら困ることは聞かなかった。

それからは秋津さんの質問攻めに私が答える形式で会話は進んだ。好きな食べ物、スポーツ、得意科目.etc。私が答えると、秋津さんは『私はねー…』と教えてくれる。私が自分から話せるタイプではないと早々に悟った秋津さんにより会話がスムーズに回される。不思議ちゃんな印象が残っていたがやはりウケ狙いでふざけていただけで、かなりしっかりしてるな、と実際にコミュニケーションを取ると感じた。


「で、渡良瀬さんは私に聞きたい事とかなーい?何でも聞いて?」


と、秋津さんのコミュ力におんぶに抱っこの私は不意をつかれた。聞きたい事、聞きたい事…。


本当に幽霊とか怪異が見えるの?


いや、『普通』でいるんだと決意を固めたばかりじゃないか。オカルトに関わらない、無視するんだと。そもそも、女の人の幽霊のこと全然見えてなかったじゃないか。でも、あんなにアピールしてた事に触れないのも、逆に不自然か。ちょっとは触れて、ちゃんと自己紹介聞いてくれてたと好印象を与えるべきか。霊感が無いからこそ、興味を持ったという設定ならありか。


「あ、秋津さんて、本当にその…見えるの?幽霊とか…。」

「…。」


え、何その沈黙。てっきり、待ってました!と言わんばかりのテンションで語り始めるか、あんなのウソだよ!とぶっちゃけるかと思ったのに。


「あ、あの…。」

「…。」


それほど長い時間ではなかったのかもしれない。だが先程まであんなに喋っていた彼女の唐突な沈黙は異様に長く感じた。

すると隣にいた彼女は足速になり、そのまま私に向かい合い立ち塞がった。


「見えるよ。」


教室での彼女とは、先程まで隣を歩いていた彼女とはまるで雰囲気が違った。ウソでも冗談でもないという凄みが彼女の言葉にはあった。


「へ、へえ〜、す、凄いね…。」

「…。」

「あ、例えばどこで見えるの?や、やっぱり事故が多い交差点とか?それとも病院?水辺もそういうの多いって聞いたことが…」


「学校。」


そう言うと彼女は距離を詰めた。


「学校の教室。さっきもいたよね。アタシ言ったよね、その辺の幽霊、見えてるって。」


「渡良瀬さんも本当は見えているでしょ。だから、視線を逸らしてキョロキョロしてた。」


「顔、覗かれてたもんね。」



「こんなふうに。」


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