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0話

「ほら、あんたも指を置いて。」

「う、うん。」


リーダー格の子に促され、おずおずと10円玉に右手の人差し指を乗せる。下には紙が敷いてある。紙の上部中央に鳥居の絵、その両脇に『はい』と『いいえ』。さらにその下に五十音表と0から9の数字が書かれている。

ほとんどの生徒が下校し、校庭からはサッカーでもしているであろう男子生徒の声が聞こえてくるのみだ。アタシ達のいる5年A組の教室も、机を囲み10円玉に指を添える4人と、それを見守る1人を残し皆下校した。これからやる昔流行ったらしい儀式は、本来全員で行うのが正しいようだ。1人がどうしても止めたがるので、4も不吉で面白そうだとリーダーの提案でこのようになった。


「ほ、本当にやるの?」

「へーきへーき、どうせ大したこと起きないって。」

「そうそう。」

「まあ、もし何かヤバイもん出てきても、やさしいやよいちゃんが身代わりになってくれるでしょ。ねぇ?」


そう、リーダー格の子が傍で今にも泣きそうな女の子を一瞥する。


「ねえ皆やめて!今回は本当に嫌な予感がするの!」


決死の忠告を余所に遠慮なく進行する。10円玉を鳥居の位置まで動かして、力を抜いた。


「せーの、コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい。」


リーダーの声に3人が合わせる。すると少し間をおいてゆっくりと10円玉が『はい』の方へ進み始めた。


「え、ホントに動いた!?」

「ちょっと、冗談やめてよ〜。」


2人はへらへらしてみせるが、顔からは焦りの色が見える。10円玉を動かしているのは2人ではなさそうだ。自分でもないから、動かしているのはリーダーか、それとも…。


「せっかく来てくれたみたいだし、色々聞いてみましょう。じゃあ、コックリさんコックリさん…。」


10円玉が質問にゆっくりと答える。誰が誰を好きだの、嫌いだの、どうでもいい、ウソかホントかもわからないこと。それでも年頃の女の子が盛り上がるには充分だった。

アタシはやよいちゃんの様子見が気になり視線を10円玉から彼女の方へ移した。この子達、いやアタシ達は霊感があるという彼女をこうした肝試しやオカルトな儀式に付き合わせてはその反応を楽しんでいた。彼女はとても怖がっているが、むしろいつも通りの反応だった。だからアタシもそれほど不安はなかった。またいつものリーダーの自演だろうと思っていた。


「じゃあ、そろそろ終わりにしましょう。コックリさんコックリさん、ありがとうございました。お礼に、何か欲しいものなどありますか?」


そんな段取りあっただろうか?事前に聞いてもないし。決してアタシは詳しい訳ではないが、あとはちゃんと帰ってもらえるようにお願いするのではなかったか。すると10円玉は再びゆっくりと動き始め、やよいちゃんの名を示すではないか。


「あら、やよいちゃん。コックリさんがご所望よ。狐の嫁入りならぬ、狐に嫁入りって感じ?」

「冗談やめて!早く止めてもう帰ろう!」


流石に今回は悪ノリが過ぎたか。しかし怖がるやよいちゃんを見てリーダーは満足そうだ。


「じゃあ、やよいちゃんを差し上げますのでお帰り下さい。さようなら…あら?」


コックリさんに別れを告げようとしたリーダーは何か違和感を感じたようだ。それはアタシも、他の皆もすぐにわかった。10円玉が五十音表へ動き出したのだ。何の質問もしていないのに。


『た・り・な・い』


「え?」


皆10円玉から目を離せなかった。指を離すことさえ出来なかった。体は動かず、ただ10円玉に引きづられるだけだった。


『×××××』


「え、わたし?ちょっと誰よ、止めなさいよ!」


リーダーの静止も虚しく、10円玉は要求を続ける。


『△△△△△△』


『□□□□□□』


「うそ、やだやだ、何これ。」

「いやー!」


次々に10円玉に触れている者を指名する。そして、最後は間違いなくアタシだ。違って欲しいと願う間もなく、指先はアタシの名の頭文字へゆっくりと、迷いなく連れて行かれる。


「う、うわあー!」


余りの恐怖で無我夢中で指を10円玉から離そうとした。なり振り構っていられなかった。指先が10円玉に捕まったまま右腕を振り回して机はガタガタと音を立てる。しかし歯が立たない。

そこでアタシはまだ左手が自由であることを思い出した。左手で10円玉の下の紙を思い切りぐしゃぐしゃに握り、力いっぱい引っ張る。強い抵抗があるが、紙はジワジワとたぐり寄せられていき、あるところから一気に10円玉と机の間から抜けた。

同時に、10円玉が4人の指から弾ける様に離れた。アタシは勢い余ってそのまま床に尻餅をつく。

皆呆然としていた。静寂の中、10円玉が床に落ち転がる音だけが鳴り響く。


「あ、あんた何やってんのよ!自分だけ助かろうっての!?」

「だって、だって…。」


これは助かったのだろうか、もっとマズイことになってないだろうか、そもそも助かるって何から?

恐怖に震えながらふと周りに目をやると、教室内が急に薄暗くなっていたことに気付く。寒気もする。日が落ちてきたにしても違和感がある。


「ねぇ終わったの!?大丈夫なの!?」

「わかんない!」


皆、この異様な雰囲気を感じていた。もちろんやよいちゃんも。霊感の強い彼女はアタシ達にはわからないものを感じていたのだろう。青ざめ、怯えた様子で一点を見つめていた。真っ直ぐと、アタシを。


「きゃあああ!」


やよいちゃんは悲鳴を上げると、傍目も振らず駆け出した。普段おとなしいやよいちゃんからは想像もつかない程乱暴にドアをあけ、一目散に廊下を走って行った。何があったのか、何を見たのか聞く間もなく、アタシ達はやよいちゃんを目で追うことしか出来なかった。そして3人は恐る恐る振り返りアタシを見つめた。


「ひっ!?」

「いやーっ!」

「な、何…あれ…。」


3人ともアタシを見ている。見ているが、焦点はアタシに合っていない様にも感じた。もっと遠く、アタシの奥の方を見ている様な。


「え、皆どうしたの。何が…。」


そう言いながら、転んでいたままだったアタシは起き上がろうとする。


「わあああ!!」


3人はアタシから逃げるようにやよいちゃんが開けたドアを目指し、我先へと廊下へ出て行った。とうとう教室に1人残されてしまった。


「ま、待って、あっ。」


恐怖で体が震える。力も入らない。起き上がりかけて、そのままバランスを崩し前のめりに倒れ込む。


「待って、待ってよ!やだ!」


取り残された心細さ、教室の異様な空気から逃れようと四つん這いのままなんとか進み始める。左手に儀式に使用した紙をずっと握りしめていたが、その事すら忘れてしまっていた。必死だった。


「ごめん!ごめんなさい!待って!」


少しずつ教室のドアに近づく。そうしている間にも悪寒が酷くなっていき、体が言うことを聞かなくなってゆく。


「た、助けて…。」


「おねがい…。」


「あやまるから…。」


「ひ…1人にしないで!!」









『はい』


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