4回目。
次こそは、と。
クロウに全て任せ、俺は顔も出さず、表では一切指示も出さなかった。
そして王宮内の黒幕に調査員を付けさせ、再び俺は断罪役をし、直ぐにも残党狩りを始めた。
コレでもう、マリーとは会う事も、例え会ったとしても俺は赤の他人。
だが万が一を考え、クロウに頼み徹底的に会わない様に、と。
した筈が。
『だれ?』
「単なる一兵卒ですが、何か」
『いっぺいそつ』
《あ、すみません。さ、行きましょうアリシア様》
どう足掻いても、会ってしまうらしい。
ただ、俺は残党狩りを終えたら辺境に向かう。
全てはマリーの為に。
『あれのなまえはなに?』
前世の記憶から油断していた僕は、マリー様が部屋から出てしまった事に暫く気付かず。
アッシュに出会わせてしまった。
しかもたった1回会っただけで、こうして印象に残ってしまった。
《彼は、アッシュです》
『あっしゅ』
《灰色と言う意味ですよ》
『はいいろ?』
《この、暖炉の灰、その色の名前です》
『なんで?』
《彼の瞳が灰色だからですよ》
『あれがはいいろのめ』
《はい》
『あんまりみたことない』
《ですね、珍しい色ですから》
『きれいないろだった』
《そうですね》
前と同じ様になってしまう、そう警戒していたのですが。
彼の情報が少ないお陰か、アッシュについての話題が出る事も無く。
「王都にはあまり呼び出さないで欲しいんだが」
《王女様の婚約が決まりましたので、お知らせすべきかと》
「あぁ、そうか」
《それに王も気にしてらっしゃいますので、そろそろお戻りになっては?》
「いや、だが」
《万が一にも王女様との事は有り得ないんですし、寧ろ、離縁なさるならお手伝いしますよ》
「いや、せめて彼女が結婚してからだ」
《分かりました、確かにお誘いしましたからね》
「あぁ、すまないな」
《いえ》
そして結婚式を終え、挨拶回りで会う事に。
もう大丈夫だろう、そう思い会わせたのですが。
『あ、アッシュ、アッシュよね?』
「単なる一兵卒を覚えていらっしゃるとは、流石です王女様」
『勿論、とても綺麗な目をしていたんだもの、しかも近衛兵なのに嘘を言ってたから、良く覚えてるわ』
「その説は大変失礼致しました」
『良いのよ、相変わらず綺麗な目ね』
「いえ、王女様には叶いません」
『ありがとう、ふふふ』
コレで大丈夫だろう、そう思えた。
いえ、そう思い込みたかったのかも知れません。
《あんな格下に色目を使うとはな、とんだ淫乱王女様だ》
ただ、幼い頃に良く覚えていた彼の瞳を、綺麗な瞳を久し振りに見たから。
だから褒めただけなのに。
優しい人だと思ったのに。
初夜なのに。
私はお姫様で、だから彼は王子様だと思ってたのに。
『クロウ、私帰りたい』
《何が有ったんですか》
『久し振りに会った彼の瞳を褒めたあの時、アレだけで私を淫乱だと、乱暴に』
《帰りましょう、アリシア様》
アッシュを、彼を利用しようとは微塵も思わなかった。
だからこそ、何も言わずマリー様を城へ。
甘かった。
これまでに2回しか会っていないのだから、と。
『アッシュ、アッシュ』
「クロウ、何が有った」
彼らは出会うべき運命なのだろうか。
そして彼女は、惹かれる運命。
これはもう、そんな運命なんだろうか。
《アリシア様、人目も御座いますので。アッシュ様には俺が説明しておきますから》
『ダメ!言わないで、お願い』
《分かりました、ですが先ずは部屋に行きましょう、長旅だったのですから》
『でも、言わないで、お願い』
「何も聞かないでおきます、お帰りなさいませアリシア様」
『うん、ただいま』
あれだけ落ち込んでいた彼女は、直ぐにも持ち直した。
けれども、だからこそ。
《すみませんが僻地に引っ込んで下さい、アッシュ》
「そこまで噂が広まっているのか」
《はい》
マリー様の元結婚相手の手先が、王宮内部にも入り込んでおり、噂が一気に広まってしまっていた。
王女は近衛兵とデキている。
例え根も葉もない事でも、夢の有る話に皆が飛び付いた。
騎士とお姫様。
マリー様が憧れていた御伽噺。
「そうか、すまない」
《すみません、急いでいたとは言えど、僕のミスです》
「いや良い、気にするな、直ぐに準備する」
《すみません、ありがとうございます》
けれどたった3回だけでも、マリー様の心には大きく残ってしまった。
マリー様の運命の相手は、アッシュなのだろうか。
なら、そもそも引き離す方が間違いなんじゃないだろうか。
そう思い、アッシュに気が有るかを確認してみたんですが。
「身分差、年の差、下手に近しい者。そうした問題が」
《いやアナタの気持ちが知りたいんです、どう思っているんですか?》
彼にも僕と同じ様に前世の記憶が有るのか、無いのか、敢えて確認はしていなかった。
僕の気が触れたのかと思われたく無いの、その事は勿論。
追求されたくなかった、アッシュの死後にマリー様がどうなったのかを、訊ねられたく無かった。
言えなかった。
「幸せになって頂けるなら、俺はどうなっても良い」
《だからって、どうして全て僕に譲る必要が有ったんですか。アナタのお父様とアナタに任された仕事は、アナタが全うしたのに、その功績すら僕に譲って》
「功績よりマリー様の幸せだ、俺はどうとでも生きられる、けれど彼女には限りが有る。出来る事、出来無い事、俺とは全く違う」
彼はここまで思っているのに、僕は、死なせてしまった。
マリー様の悪阻だと言う言葉を信じ、あの悪辣な男の事も信じてしまった。
アレは、周りも合意の上での自死だ。
《すみません》
「どうした」
《すみません、すみません》
「おい、クロウ、どうした」
僕は前の記憶が有ったのに、どうしてまた失敗してしまったんだろう。
どうして、どうすれば。
『あの瞳を見ているだけで、嫌な事を忘れられるの』
『そう』
たった3回、少し会い少し話しただけで、私の愛娘は近衛兵を好いてしまった。
けれど彼は、アッシュは直ぐに身を引いてくれたわ、娘の為に。
それでも、忘れられない。
あの瞳の色に、彼に魅了されてしまった。
『お母様、分かってるわ、彼とは一緒になれないのよね』
『そんな、違うのアリシア。違うのマリー、違うのよ』
愛しい子。
だからこそ、茨の様な道を歩んで欲しくないだけ。
何年も離れていた愛娘、今度こそ守ってあげたい。
だからこそ、近衛兵とは、騎士と結婚をさせる事に躊躇いが生じてしまう。
いつか戦いで、政治で、いつか命を落としてしまうかも知れない。
置いていかれる悲しみ、そんな思いをさせたくない、けれど外戚となれば守れる限界は有る。
しかもこの子は我慢強い、そして努力家、きっと苦労する筈。
『良いんです、分かってます、お母様。コレは単なる憧れなのでしょうから』
『ごめんなさい、今度こそ幸せにするわ』
そう誓ったの。
なのに。
『ごめんなさい、お母様』
『ぁあ、ダメよアリシア。マリー、お願いよマリー、目を開けて、お願いよ、お願い』
新しく婚姻を果たした矢先に、妊娠と病が重なり、亡くなってしまった。
そうして本当に国葬を行い、娘を見送った。
3度も、娘を失ってしまった。
《王妃様》
『クロウ、私は間違えてしまったのかしら』
もし彼に預けていれば、少なくとも彼の地区で病は流行っていなかった。
もし最初から彼に預けていれば、こんな事には。
《僕には、分かりかねます》
『そう、よね』
けれど、もし。
『失礼致します』
《今は控えて頂けると》
『良いのよ、急ぎの、重要な事なのでしょう』
連絡係の躊躇いに、私もクロウも不安を覚えた。
この様子は、私達の知る者に何かが。
《何が有ったんですか》
『アッシュ様が、お亡くなりに』
『そんな、どうして』
『自死を、なさいました』
死後の世界でも姫を守る為、どうか自らも死の国へ行く事を、どうか許して欲しいと。
そう遺書を遺し、彼は手製の断頭台で、自死を。
《見張りを、見張りを付けさせていた筈ですよ!》
『お亡くなりになったのは馬舎でして、作業してらっしゃるのか、と』
あぁ、もし彼の元へ嫁がせていれば。
もしやり直せるなら、その時は。