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文体基礎演習  作者:
1/4

001.




 地下鉄に乗り込む。

 ラッシュの時間帯は外したつもりだったが、車内は人でごった返していた。膨らんだ通勤鞄を前身頃に抱えて一息つける。読みさしの文庫本を取りだすこともできずに視線を巡らせて──なんだ?

 私の視線の先にいたのは、真っ黒な鞄の塊だった。


(でかい)


 一拍おいても、


(でかいぞ)


 私はギュゥっと目をつむり、また開ける。

 ぱん、ぽん。

 のんきな音を立てて扉が閉まる。車両が動きだすのに合わせて、どこかのマスコットにも思える鞄の塊もぬうらりと傾いた。傾いて、傾いて──ぼすんと隣の客に当たって、止まった。

 そのすぐ脇に立っていた壮年のサラリーマンは眉を顰めて、「あの、鞄、迷惑なんですけど」と周りに聞こえる程の声でいきり立った。


「…………」

「あの、聞いてますか」

「…………ぁす」


 鞄の塊の中から声。どうやら中に誰かいるらしい。


「カー、バー、ン! 鞄です! 背負いすぎでしょう! 邪魔ですよ!」


 何もそこまで、と思ったが邪魔であることは確かだった。他の乗客も同じ気持ちのようで、仲裁にはいるでもなく鞄とサラリーマンとを見比べている。


「すみません、すぐ降りるので……もうあと三つです」


 顔は見えなかったが、申し訳のなさそうな男の声が鞄塊の中から響く。


「三つじゃねえぞ!」と引くに引けないサラリーマンが怒鳴った。

 

 * * *


 用事を終えて家に帰ろうと駅までやってくると、行きしな見かけた大量の鞄が改札のすぐ近くに散らばっていた。


(露店か何か……)


 と思えば、散らばった鞄のすぐ脇に二人の男が立っているのが目に入る。気になった私は、切符を買うふりをしてその二人のすぐそばに近づいた。


「また随分持ってきたなあ」

「ええ、そうでしょ。そうでしょ」


 得意げな顔をしている方がさっき電車にいた男らしい。車内で聞いた声とは裏腹に、なかなかどうして男前な顔立ちをしている。

 しらじらとその様子を眺めていると、急に男達が私の方に向き直った。

 咄嗟のことで「すみません!」と声をあげそうになったが、男達の視線の先をよく追うとそれが杞憂であったとすぐにわかる。


「お客さん。ここ、公共の場所だからねえ。これ売り物? 許可は取ってる?」

「ああいえッ、すみません。すぐどかしますんで……」


 私はこれ幸いと男達の合間を抜け、改札にカードをかざした。




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