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ダンジョンの仕様が変わるようです

「ふざけんじゃねぇぞ。何が根性をみせろだ馬鹿タレが」


 女神にイラつきながら、後方にある閉ざされた門に向けて悪態をつく。

 押しても蹴ってもびくりとも動かない扉は、どう頑張っても戻ることはできないようになっているようだ。

 戻ることを諦めて、反対に続いている道を進んでいくと、先ほどののどかな光景とは違う殺伐とした情景が広がっていた。


「コロッセオか」


 石畳のステージとそれを囲むように扇状に広がった観客席。

 そこには、観客の代わりといわんばかりに、崩れて断面がむき出しになった石像が置かれている。

 爆弾が爆発したかと勘違いするほどの大きな音と白い煙。

 注視してみると、シグと同じような道から入場してきた2メートルはあるであろう、人間とは違う生き物が空高く、羽音とともに飛び上がる。


「バッターマンって、ふざけた名前だな」

(草原の厄災と言ったら黒雲じゃないですか)

「イナゴとバッタは同じだけと違うぞ?」

(細かいことを気にする人って嫌われる傾向らしいですよ)

「やかましいわ! しかもなんでボクシンググローブつけてんだよ」

(テレビ見てたらボクシングやってまして、作業しながら物を見るとたまにそういうことありません?)


 なんで兎三昧の階層のボスがバッタとそんなへんてこな名前なんだよと突っ込むと、脳内にヘカテの声が響く。

 ワンツーステップと、まるでボクシングの選手を見ているのではないかと錯覚するほどの洗練された動きにもイライラしつつも、構えるシグ。

 それに反応したかのように、バッターマンは発達した後ろ足をたたむと、手についていたボクシンググローブを後ろへと、弧を描くように放り投げた。


「もう突っ込まんぞ」

(いえ、突っ込んでますよ)

「やかましいわ! ランパート。プロボック」


 青く淡い光の矢のようなものが、バッターマンへと飛んでいき、当たると同時に包み込む。

 10秒間、対象とその周辺の敵のヘイト強制的に取って、稼ぎやすくするスキルだ。


 ヘイトというものは、戦闘している際にモンスターが攻撃対象を決めるものだ。

 タンクというクラスは、アタッカーと比べて防御力が高く攻撃力が低いというシステム上、それらを強制的にもぎ取ったり、取られづらくするスキルを採用されている。

 ヘイトは各スキルに上昇値が決められていて、クレリックのヒール等の回復スキルは攻撃はしないが、使用すると視界に入っている敵に対して上昇する特殊にも見えるものもある。

 ヘカテと見たときに、ボスに対しては序盤ヒーラーが狙れていないにもかかわらず、召喚されたモンスターが一直線に進んでいった理由がこのシステムによるものだ。


 独り言に茶々を入れてくるヘカテに、青筋を立てながらもバッターマンの動作を観察する。

 初めて会敵した場合は、慎重に進める。

 しかし、自分からヘイトを取られないようにもしなければいけない。

 一階層のボスからは、プロボックの時間管理や使用マジックポイントの残量管理を練習しようと考えていたシグは、ジワジワと回復するバーを確認をする。


 バネが伸びたように飛び掛かってくるバッターマンの頭突きを盾で受け止める。

 今までの比にならないくらいの激痛が左腕に襲い掛かってくると同時に、カチカチと音を鳴らすバッターマンの赤く光る瞳。

 メイスを横に薙ぎながら弾き飛ばすシグだが、その足は恐怖に怯えて少し震えていた。

 彼が今まで経験したものは、リアルのようにみせても、VRMMOと言われたバーチャル世界の仮想的なものに過ぎない。

 ヘカテによって感覚をいじったとはいえ、怖いものは怖い。

 パンッと渇を入れるために頬叩き、叩き飛ばしたバッターマンを睨みつける。

 横に倒れたバッターマンは、しなった尻尾をうまく使い起き上がる。


「プロボック! ランパート! 来いよ、バッタ野郎!」


 恐怖を払うように、今までにない。自分から出たのかと疑問にも思える声が轟く。

 バッターマンは最初よりも深く、ギリギリと生物から出るものではないだろと思う軋んだ音が足から鳴り響く。


(俺はタンクだ)


 この場から逃げたい。痛い思いをしたくない。

 すくむ足や思考や恐怖を押しつぶすように、飛び掛かってくるであろうバッターマンを睨めつけながら、自分はタンクであると何度も何度も言い聞かせる。

 石畳が砕けた音と共に来るであろう衝撃を受け止めるために腰を落とす。

 生物が当たったとは思えないほどの押される衝撃。


「シールドバッシュ!」


 奥歯を噛みながらもそれを耐えたシグは、盾で殴り飛ばされてひよるバッターマンに追撃を入れるために、雄たけびをあげながら地面を蹴って距離を詰める。

 鈍い音を鳴るバッターマンの胴体。

 それとタイミングを合わせたかのように、全体が淡い光を浴びて浮かび上がっていく光の粒に、シグは警戒をしながら距離を空けた。

 ポワァという音と共に消えるバッターマン。

 それを見届けたシグは、どさりとその場に座り込んだ。


「俺にもできるじゃんか」


 消えたバッターマンの場所に、落ちている袋とおめでとうと言わんばかりに、消えた光一緒に現れた筐体。

 深い息を吐きながら、震える膝に手を置いて立ち上がって袋をインベントリの中に放り投げて、筐体を覗き込む。


「コングラチュレーション! カードをかざして冒険者ギルドへ戻ろう!」


 これがレベル上限解放の儀式かと、妙に納得しながらカードをかざす。


 完了しました。お気をつけてお帰りください。


 目の前に現れた白と黄色の渦に、階層主に入ったときの扉と同じようなものかと考えながら、シグはその渦に入っていった。



 緑豊かな木々と、宝石のように光を反射するせせらぎに、ヘカテは椅子に座りながら先ほどの戦闘を見ていた。


「恐怖の感情の耐性を付けなかったのは失敗でしたかね。ですが成功でもある」


 まるで駄々を聞かない他人を、はたから見たかのような視線をモニターに映っているシグに向ける。

 シグは自信の経歴を覚えてはいないが、彼は怪我によって引退したが、名のある格闘技の選手であった。

 だからこそ、自身に渇を入れることによって恐怖による身体の硬直を抑えることが出来たともいえる。


「ですが、そういうのを失くしたら前みたいに壊れちゃいますからね。人間というのは矮小な生物ですね」


 異世界に転移したのはシグが初めてではない。

 すべての感情を取っ払った結果、廃人になった人間。痛覚や恐怖を失くした結果、気づいたら死んでいく人間。自分の世界に戻りたいがために飛び降り自殺をした人間。

 数多くの経験をした彼女は、その感情の塩梅を少しずつ調整していった。


「このままではまた同じ結果になりそうですね。何か対策をしないといけません」


 私の見たい世界のために、と意気込んで操作をしながらも消えていくシグを愛おしく見送った。



『ダンジョンの仕様が変更しました。確認のためカードの受信メールから確認をお願いします』


 慣れない浮遊感によって、狂った平衡感覚を取り戻すようにケンケン跳びをするシグの脳裏にアナウンスが流れた。

 受信ボックスとは? と疑問に思いながらカードを確認すると、中心にでかでかとビックリマークが左上についている封筒のマークが現れた。


『二階層突破のクラスの割合を顧みて、パーティを三階層から二階層で組むことが可能になりました。お詫びにこちらをお受け取りください』


 大変申し訳ございません。という文字を上に書かれて謝罪のお辞儀をしているデフォルメヘカテの下にあるボタンをタップすると、50万ガルドを受け取りました。という文字が出てくる。


(パーティを組むにしても個人にしても、これで装備を整えて上にあがれってことか)


 残高を確認すると、確かに50万ガルドを受注できている。

 これを高いととるか低いととるかは個人の匙加減によるが、これは低レベルの人への補填だろう。


(とりあえず、武具のメンテナンスのために宿をとるか)


 おすすめの宿がどこかとギルドの受付に聞いたシグは、チップを求めてきた職員に文化の違いかと感じながら一般的な料金を支払ってから、ギルドをあとにした。

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