チュートリアル担当ヘカテちゃんだそうです
「おっとっと」
浮遊感からのいきなりの解放によって躓きそうになりながらも、転ぶことなく着地をすることが成功したシグは、周りを見渡す。
木と体臭に混ざった生活感のあふれる空気から打って変わって、草花や土といった自然な空気が彼の鼻に入ってくる。それに加えて日光を浴びて反射するかのような、目を背けたくなるゆらゆらと揺れる緑の草花。1本の角が生えている兎はそれに合わせるかのようにピョンピョンと飛び跳ねていることから、草原とはこういうことだったのかと一人納得もした。
「呼ばれて飛び出てヘカテちゃん!」
「チェンジで」
ギルドの筐体に描かれていたデフォルメヘカテが、サムズアップをしながらシグの周りを飛び回る。
「チェンジするなんてとんでもない!」
「チェンジで」
「チェンジするなんてとんでもない!」
「いや、選択肢ないのかよ」
呆れるシグに向かってテヘペロッと舌を出すヘカテちゃん。
「せっかくチュートリアルでスキル説明とかしに来たんですよ? もっと崇めなさい」
君、あの時のキャラと違うくない?
そう言いたげにしながら、ありがとうございますと投げやりになるが、ふと思い出したかのようにヘカテちゃんに視線を向ける。
「ダンジョン内では問答無用で生放送されるらしいけど、大丈夫なのか?」
「神の権限で大丈夫です!」
「職権乱用だな」
「神様ですから!」
ブイとピースマークをしてくるヘカテちゃんに、突っ込むことをあきらめた。
「あの時あまり説明する時間がありませんでしたからね。ユニークスキルとか諸々とチュートリアルです。コホン、まずは首を動かさずに左上に視線を向けてください」
言われるがままにシグは左上に視線を動かすと、そこには青色のバーが伸びていた。
「それが浄眼のスキルの一つであるマジックポイントの視覚化です。スキルを使うと減っていくので体感で覚えましょう」
「ちなみにヒットポイントは?」
「あるわけないでしょ。これは現実ですよ? 首が飛んだら一瞬で死にますよ」
「それじゃあVITとかどういうことなのよ」
可哀そうな人をみるような表情に、拳を固く握ったがふと気になったことがあったシグは、ヘカテちゃんに疑問を投げかけた。
「あちらの世界でのわかりやすく言いますと氣という感じですね。武具や循環の速度とか限界容量のようなものを数値化したものです」
「意識しないといけない感じか?」
「意識しなくても歩けたりするように、勝手に出来ますよ。あ、でも浄眼についている鑑定眼は心の中で鑑定と唱えながら注視しないと、鑑定できないから気を付けてくださいね」
それでは次です。
そういいながらいつの間にか置いてあったホワイトボードに、キュッキュッとマジックで文字が書かれていく。
「ユニークスキルのインベントリですが、容量の上限は中に入っているマジックバッグと比例します。今入っているバッグはサービスです」
感謝してもいいんですよと、エッヘンと言いながら腰に手を当てるヘカテちゃん。
はいはいと投げやりに答えるシグだが、それを気にせずに気づいたら眼鏡白衣姿となっている彼女はクイッと持ち上げた。
キランと日光を反射する眼鏡を、もう用はない感じでポイと投げ捨てられる。
そして何かに気付いたかのように、シグの後方に指をさす。
「よそ見をしていたら、ホーンラビットがこちらに来てます! 武器を構えてください!」
「大根役者かよ……っと、シールドバッシュ!」
苦笑いしながら飛び掛かってくるホーンラビットと呼ばれた兎の攻撃を、左手に装着している盾で地面に叩き落として右手のメイスで頭を潰した。
左上の減っているバーを見ながら、ホーンラビットを一瞥する。
「おー、見事ですね。でもメイスって騎士様としてどうなんですか?」
「剣のスキルなんてないし、それならぶん殴れるこいつが万能」
何かを思い出したかのようにシグは、メイスに付着した血をふるって落とす。
「痛みの耐性つけるとか言ってたけど普通に痛いんだけど? 後、罪悪感がないのってどうなってんの?」
「そりゃ完全な耐性なんて見てるこっちが楽しくないし、同じように罪悪感とかそういうのはあって躊躇している間に倒されても……ね? ほら、アイテムがドロップしてますよ! 人に触られていない状態が5分続いたドロップアイテムは、さっきのホーンラビットのように消えるので気を付けてくださいね」
倒したホーンラビットから白い光の粒が浮かび上がり消えていく。
そこに残ったのは何かが包まれた白色の布の袋。
固く縛られた紐を解いて中を見ると、小指の爪くらいの透明な石が入っていた。
心の中で鑑定と唱えてそれを注視してみる。
『無属性の魔石(極小)売却期待値:100ガルド』
「魔石ですね。無属性の魔石は属性のそれを利用して作られた魔道具を使うために必要な電池の役割を持っているものです。分かりやすく言いますとコンロとガスの関係です」
「一匹で100ガルドって……安くないか?」
「雑魚ですから」
なら仕方がないとインベントリの中にぽいっと放り投げた。
「モンスターによってカードに自動でガルドが入手出来ます。先程のような袋には魔石が、低確率で宝箱がドロップするようになってますよ。それと、ダンジョンから出たらダンジョン内にある砂とかの汚れは勝手に綺麗になる親切設計!」
「モンスターや自分自身の血とか、傷ついた武具は?」
「それは自己責任で。お金は循環させないと」
「世知辛い世の中」
メイスを腰に差し直すと、そういえばと疑問に思っていたことをヘカテちゃんに問いかける。
「通貨と言えば、なんで仮想通貨にしてるのさ」
「金貨とか作ったら、そっちの世界みたいに足りなくなって大変になるからってのが大きいですね」
「あー……そういえば問題になっていたようないなかったような」
なるほどと、都市鉱山から貴金属を再生していたニュースをしていたことを思い出す。リアルの世界の記憶が所々あるのは、彼女が説明を省きたいという怠惰なところから来ていたりもする。
「インフレ問題も対応するために、動画やライブを見るにもガルドを使うようにして回収もしてます! 娯楽が少ないからガッポガッポでっせ」
「女神がする顔じゃないぞ」
「世の中銭や。詳しくはヘカテーチャンネルのヘルプにて!」
指で輪っかを作りながら下賤なを笑みを浮かべている女神に突っ込みながら、飛び掛かってくるホーンラビットを作業をするのように次々と薙ぎ払っていく。
倒しては進みを繰り返していると、急にピロリンという電子音が頭に流れた。
「レベルアップ! ちなみに、第一階層の上限は9で階層守護主を倒したら、追加で10ほど上限が上がっていく仕様です」
「スキルは自動入手って感じか」
「です。注意点としてはレベル差補正ですかね。パワーレベリングとかできないように、獲得経験値を減らしたり色々いじっています」
「詳細は……神様秘密なわけね」
「さぁ冒険です。どんどん進んでいきましょう!」
右手にバツ印の木の板を掲げたヘカテちゃんに察したことで追及することをやめて、ゲームだとマップがあるのにと面倒になりながらも、草原で視野が確保できるのでサクサクと探索を進めていく。
変わることのない景色やモンスターを、休憩をはさみながら2時間ほど危なげなく進んでいくと、今まで見たことのない大きな兎が、紫色の鎖が巻かれている大きな石扉の前に鎮座していた。
立ったら自分よりも大きいのではないかと思いながら、ヘカテちゃんの説明を待ちながら武器を構える。
「階層守護主の部屋に行くための扉を守る、いわゆる中ボスというものです。名前はビッグホーンラビットです」
「そのまんまかよ」
「チュートリアルの第一階層なんてそんなものではないですか? ちなみに中ボスや階層守護主は、レベルによってダメージを通さないようにしてます」
「先ほどと同じような理由か?」
「ですね。中ボスは上限よりも4つほどまで、階層守護主は上限きっぱりじゃないと倒せないようにしてます」
「俺はまだレベル足りてないんだけど?」
「草原はチュートリアルなので!」
大きくなったからか、保護欲をくすぐられるくりくりとした瞳が近づくにつれ警戒の色に染まる。
じりじりと間合いを詰めると、今までのホーンラビットと同じように猪突猛進してくる。
「ランパート!」
VITが1分間上昇する土色の光がシグを包み込むと同時に、まるでトラックが正面からぶつかったような衝撃が彼に襲い掛かる。
今までに感じたことのない痛みを耐えつつも、眉間にメイスを叩きこみながらシールドバッシュで追撃を行う。
弾き飛ばされながらも、体制を整えようとするビッグホーンラビット。
ゲームのようにハメ技で決めるかと、シグは同じようにするべく構えるが、それを裏切るかのように空高く飛び上がった。
「おぉーっと、空高く跳ね上がったビッグホーンラビット選手。必殺ホーンダイブアタックだ!」
「解説はいらないっての」
突っ込みながらも、下地点を予測して横に飛びながら避ける。
どすんと土埃が舞い、それが収まるとそこには魔石袋が落ちていた。
「……おい」
「なんですか?」
「なんでもない」
何とも言えない雰囲気が漂う。
まさか必ず自分を殺す技を出すとは。
やれやれといった感じに魔石袋を拾うために、よっこいしょと腰をかがめると鎖が砕ける音とともに重量のある引きずられた音を鳴らしながら扉が開く。
時間的にどうしようかと、紫と青い渦巻いている扉の前で腕を組みながら入るかどうか考えるシグ。
そのシグに、親の仇と言わんばかりにホーンラビットもびっくりする速度で後方からヘカテちゃんが飛んでいくと、腰へとタックルをかました。
「根性見せろやシグ!」
「お前、キャラ固定しろよ!」
「お元気で」
ふざけるなとこだまするシグの声に、白いハンカチをフルフルと振るうヘカテちゃんは、ぴゅんと音を鳴らしながら草原から消えていった。