散歩をするようです
窓から差し込む光によって目が覚めたシグは、微睡んだ様子でベッドから這い出る。
本日は休みということで、昨晩は運動会を行ったそれは散らかってはいる。
二人の朝は早いなと考えながらも、重いまぶたを開けるために備え付けである蛇口がついている樽の中に、魔石を入れる。
キュッとハンドルをひねって出てきた水で顔を洗いながらも、タオルでその濡れた顔と髪を拭いた。
「さて、今日はどうするかな」
イヅナが加入してからの初めての休みということで、ヒルデとルナは女子会というものをすると事前に報告があったので、一人のシグは何をするかを考える。
いつもならばダンジョンの情報を仕入れるのだが、今日はなぜかそういう気分が乗らない。
朝の運動も本来ならしないといけないのだろうが、昨晩の運動を行ったことからか今日はいいかなと感じている。
ボーッと思考を巡らせるが、なにもいいことが思い浮かばない。
「とりあえず、ぶらつくか」
その答えに行きついたシグは、宿から出ていった。
この世界に来てからかれこれ半年は過ぎた。
春ということで、当時は少しは肌寒いと感じる空気は熱気を帯びている。
宿から出ると、仕事のためか混んでいる道に嫌気を指したシグは、少し道をそれる。
「さて、どこにいこうか」
人混みから逃れたことからか気持ち涼しくなったことで、行き先を考えるシグだがどうにも思いつかない。
宿が販売していたサンドイッチをかじりながらも、目的地を定めないでただ道を歩いている彼の耳に、教会の鐘の音が聞こえた。
そういえばこの世界に来たのに一度も行ったことがないなと思ったシグは、行き先を教会に決める。
中から元気な子供の声が聞こえる教会についたシグは、孤児院も兼ねているんだなと呑気に考えながら、その中へと入っていく。
ステンドグラスから差し込む色様々な光を目で楽しみながら崇められているであろう像を見る。
(盛りすぎじゃない?)
『失礼ですね』
シグの知っているヘカテよりも盛られている胸をみると、ヘカテから突っ込みが入った。
普段は話しかけてはいるが、思考からも会話が可能なのかと新たな発見をしたシグは、教会について聞く。
『この世界の教会は孤児院も兼ねてますね』
(ふーん、お賽銭とかは?)
『基本は魔石とか食べ物とかですね。まぁガルドを寄付する人もいますけど、それよりも現物の方が喜ばれます』
(買いに行くにも大変だろうからな)
『ええ、子供の相手をしないといけませんからね』
そういう会話をしながら、シグはインベントリにある魔石を取り出すと麻袋にそれらを入れる。
『渡しすぎもよくないですから、そのくらいがいいと思います』
(そう?)
『ええ、国からも配給されてますからね』
信仰されているにもかかわらず、厳しい女神様だと考えながら右手に持った魔石の入った麻袋を寄付するために、司祭を探す。
しかしその姿を見つけることが出来ない。
『今の時間でしたら、孤児の面倒を見ていると思いますよ。右手にある扉から行けば会えると思います』
(お優しいことで。んじゃまぁオジさん寄付しちゃうかな)
『そういうノリはいりませんからね?』
一人でいたことで寂しかったのか、いつもよりも変なテンションで会話をするシグは、ヘカテの言う通りに右にある扉をくぐる。
そこには子供が10人ほどいる庭へと通じていたのだが、子供たちを中心に見知った人物が立っていた。
「シグさん!?」
「あれ、ヒルデなんで?」
「ここは私が育った孤児院でして、休みの時はたまに手伝いをしているんですよ」
「ちなみに他のメンバーは?」
「今日はマザーが夕方まで出かけるらしくて、そこからの予定です」
これ寄付ねと、シグから差し出された袋を受け取ったヒルデはそれを納めるために教会の中へと入っていく。
それを見送るシグだが、くいくいと袖が引っ張られる。
何事かと思いその原因を見ると、そこには一人の幼女がいた。
「おじさんだれ?」
「おじさんはね、さっきのお姉さんのパーティメンバーだよ」
とうとう自分もおじさんかと感じながらも周囲を見ると、先ほどまで騒がしかった子供たちがシグに注目している。
自分の袖を引っ張っている幼女は、シグの言葉に花が咲いたかのような笑顔になっている。
「じゃあ、おじさんがお姉ちゃんの王子様なんだね」
「王子様っていうか……騎士になっちゃうのかな?」
その言葉を聞いて王子よりも守ることから騎士であると考えたシグは、訂正するように答える。
すると周囲の子供たちが押し寄せてきた。
たまには子供たちの相手をしてもいいなと、両手にぶら下がってきた子供が振り落とされないような速度でくるくると回ると、それを面白そうに感じた子供達は次々と飛び掛かってくる。
「こら! 迷惑かけたらいけないでしょ!」
普段は丁寧語を使っている彼女だが、どうやらここでは違うらしい。
魔石を教会に収めて戻ってきたヒルデは、子供達の行為に焦って走ってきた。
蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供に、仕方がないといった感じで息を吐く。
「相手をしてもらってすみません」
「ここではお姉ちゃんをしてるんだな」
「知りません!」
自分の腰をとんとんと叩いたシグは、普段見ないヒルデを面白半分でおちょくる。
恥ずかしかったのだろう。ヒルデはぷんと腕を組んで顔を横にそらした。
「まぁ怒るなって。知らない側面を見れて役得って感じだよ」
普段とは違って余裕がないのか、シグの言葉にヒルデは年相応の反応をする。
顔を赤らめている彼女をシグは笑いながら見る。
子供というものは雰囲気を察する能力に秀でている。
雰囲気が和らいだことを感じたことから、シグとヒルデの周りに子供たちが集まってきた。
幼いときに何をして遊んでいたのかを思い出しながら、シグは道具がなくてもできる遊びを子供達に教えていく。
そして、時間が過ぎていき夕方近くになると、ヒルデにマザーと呼ばれていたベールをかぶった女性が戻ってきた。
来客に粗相をしていると勘違いしたのだろう。
息を切らしているマザーに、ヒルデが自分のパーティを組んでもらっているメンバーであることを説明した。
それに安堵をしたマザーは、ヒルデに子供達と戻るようにと指示を出した後に、穏やかな笑顔を浮かべながらシグに腰を曲げる。
「子供達のお世話ありがとうございます。教会の司祭と孤児院の経営を兼用しておりますテレサと申します」
「どうもご丁寧に。ヒルデさんと一緒にダンジョンへと探索をしておりますシグと申します」
「寄付の方もしていただいたようで。もしお時間の方がありましたら、あちらの方で少々お話しませんか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ヒルデの普段のしぐさはテレサから継いだものかと感じながらも、シグは彼女に対して自己紹介を返す。
彼女に子供達が入っていった建物の扉とは別の扉へと案内される。
テレサがシグを案内しているのを見たのだろう。
孤児院につながっている扉から入ってきたヒルデは、二人に水の入ったコップを出した。
「マザー。それでは私はこれで失礼しますね」
「今日はありがとね」
「いえ、ここにはお世話になりましたから」
「お友達に迷惑をかけないようにしなさいよ?」
「もう、私はもう大人ですよ」
「ルナとイヅナによろしくな」
「シグさんまで!」
子ども扱いされたくないヒルデに、シグも笑いながら追い打ちをかける。
失礼しますと言って出ていく彼女を見送りながら、シグは出された水をちびりと飲む。
ヒルデが出て行ってしばらく沈黙が流れた。
「あの子はあなたと出会って明るくなりました」
「そうですか」
「それまでは無理をしているみたいで、心配していたんですよ」
「そうですか」
「側仕えにしようにも、数年ほど王都の教会に行かなければいけませんので」
「そうですか」
「仕事先をいくつか紹介はしたのですが、魔石を寄付するためにと冒険者に登録をして」
「そうですか」
国から配給されているとはいえ、孤児院にはそこまで余裕はない。
15歳になると孤児院から出ないといけない。
冒険者以外にに登録をした子供を多く知っているテレサは、争いごとが苦手なヒルデを心配していた。
しかしヒルデ以外にも出ていった子供が多く、現在も世話をしている子供もいることから彼女はそれをどうすることもできない。
一人の子供に手を差し伸べてしまうと、さらに多くの子供に手を差し伸べないといけないからだ。
あって間もないにもかかわらずポツポツと懺悔するように言うテレサの言葉に、シグはひたすら同意をする。
「どうか、あの子をよろしくお願いします」
「大事にしますよ」
シグと組んでから、笑顔で現状を報告するヒルデを見ていたテレサは、彼女の心情を知っていたのだろう。
つい先日にも夜を過ごしたことを聞いて、いつかはシグに会おうとしていた。
数多くの人を見てきたテレサの目に、シグは合格したのだろう。
彼の返事に安心をした様子で、ホッと笑みを浮かべる。
「私はこれから子供達の相手をしないといけませんので、これで失礼しますね」
「では私もこれで失礼します」
そう言って孤児院から出ていくシグは、宿へと帰っていく。
『司祭で孤児院を経営してる人にしては真面目な人ですね』
(ふーん、やっぱりまともじゃないところもあるのか?)
『そりゃ司祭と言っても人間ですからね』
(女神様は子供たちを救ったりしないのか?)
道中、ヘカテはテレサに感心したかのようにシグへと話しかける。
それに対して疑問に思ったシグは、ヘカテにそれを率直に聞く。
『そんなの無理ってのは、シグさんだって理解してますよね』
(そらそうだ)
『なら聞かないで下さいよ。シグさんも手を差し伸べないのに』
(俺の手は大きくないからな)
まぁ。と、シグは空に浮かぶ月を見る。
(定期的には寄付をしようかな)
『そうしてくれると嬉しいです。あ、今鼻で笑いましたね!』
(前と今とで言ってることが違うからな。普段の女神様はどこいったのやら)
教会に入るときの厳しい指摘とは正反対なことを言うヘカテを、シグは笑う。