設定をし忘れていたようです
翌日の昼。
ギルドの食堂で昼食を済ませたシグは、メンバーを待っていた。
新聞を読むものや、昼食を黙々と取っているものや、探索に成功して飲んで騒いでるものと、数多くの人達がいる食堂で、彼も今朝購入した冒険者向けの新聞を広げている。
第五階層の攻略が始まって1ヶ月ほど経つが、道中の岩のゴーレムや蝙蝠をモチーフとしたサッカーバット。そして、それらを多数護衛につけている中ボスの『アイアンゴーレム』に、未だに苦戦しているという記事が表紙を飾っていた。
(まぁ当然な結果だな)
そしてそれは、シグにとっては当然の結果と言える内容だった。
第四階層と第五階層の大きな違いを述べるのであれば、構造である。
草原・湿地・森林・浜辺といった広い土地と違い、第五階層の鉱山は、多少は広い場所があるが細道の一本道だ。
それまで散開をしながら各個戦闘出来ていた場所とは違い、狭い空間で戦闘はこれまでとは勝手が違う。
大振りだが攻撃の範囲が大きいゴーレムの攻撃を止めようとするが、相手は痛覚が一切ないモンスターだ。いくら攻撃をしても止まることのない腕によって弾き飛ばされる前衛に、上空からサッカーバットが襲い掛かってくる。
その者にヒールを飛ばすクレリックだが、ヘイトの上昇によってターゲットが変更されてそのまま前線の崩壊するパーティが多い。
第四階層守護主のレッドビアードに対しての攻略方法である、クレリックに護衛を1名つけての戦闘方法では、2体以上のゴーレムがいた場合は対処が難しいという状況だ。
それを対処するには、サッカーバットを先に仕留めることが出来る、遠距離の攻撃ができるハンターや魔法を使うことが出来るウィザードを入れるということだと、大手クランの【ナイトホーク】が記者からインタビューを受けた。
また、魔石を飛ばすことのできる気弾や、内部からの破壊を行う発勁がのスキルを持っているモンクも、需要が高まってきているようだ。
(倒すことを重きを置くのは相変わらずか)
「勝つべからざる者は守なり、勝つべき者は攻なり……か」
孫氏の名言を思い出す。
勝つ条件が整わない場合は守りを固めるべきである。勝つ条件が整っている場合は攻撃すべきである。
これを聞けば、防御力は重要だと思えるが、これにはまだ続きがある。
「守は即ち足らざればなり、攻は即ち余り有ればなり。善く守る者は九地の下に蔵れ、善く攻むる者は九天の上に動く。故に能く自ら保ちて勝を全うするなり」
「それって何の呪文?」
「ああ、ルナか。調子はどうだ?」
「ぼちぼち。それでさっきの呪文は何?」
彼女に言う言葉を整理する。
「簡単にいうと、攻撃は大事だけど防御も大事ってことだな」
「何当たり前のこと言ってるの?」
「それを思える人が多いならいいんだけどな」
そういうと、シグは新聞の表紙を見せる。
それを見たら納得したようで、つまらなそうに持ってきた水を備え付けのストローで飲んでいる。
「ボクも最初はナイトは必要ないって思ってたよ? でも、このパーティに来てから考えは変わったよ」
「そう言ってもらえるなら、頑張ってる甲斐がある」
「だって一体ずつモンスターを対処すればいいだけだし、それを倒したらシグに纏わりついてるのを、背後からまた同じようにするだけだもん」
「ヘイトを稼がないように攻撃してるルナにも感謝してるよ」
背もたれに寄りかかり、上を向きながら加えたストローを揺らしているルナに、行儀が悪いぞと注意をする。勢いよく姿勢を治した彼女は、何かを思い出したかのように、ストローをコップへと戻す。
「暇なときに、ヘカテーチャンネルでナイトのタグを見てるんだけど、増えないね」
「そりゃ、まだ湿地をクリアしたばかりだからな。それなら、最前線で人気のあるクランやチームを見る人が多いのは仕方がない」
「それもそっか。でもシグのタンクって凄いんだよ?」
攻撃を受けている最中も、盾や武器で受け流すか、自分が受け止めれると思えるものなら、盾を使って攻撃を受け止める。
それらが無理ならば最低限の回避行動のみを取るというのを、瞬時に判断をする必要がある。
リジェネートとランパートの時間も把握しながら、50秒間隔で使用しながらも味方の位置を把握しながら立ち位置もずらす必要もある。
簡単そうに見えるものほど難しいという。
長年の経験から洗練されたその動きには、迷いがない。
「こんにちは。待たせてしまいましたか?」
「やっほー。ボクもさっき来たばかりだよ」
「ならよかったです」
そう言って席に座るヒルデを確認したシグは、各自に手書きの紙を取り出した。
初めての階層ということで、注意点や作戦の会議を開始するのだった。
△
あれから1時間ほどの会議を終えた三人は、ダンジョンへと転移するべく受付へと行った。
「お疲れ様です、シグさん」
「タマモさん、お疲れ様です」
「獣人担当はボクで間に合ってるんだけど?」
「何の担当だよ」
「ハーレムの人種担当……痛い! なにすのさ!」
「やかましいわ!」
「やかましいわしか言えない人に言われたくないですぅ」
「こんにちはタマモさん。騒がしくてすみません」
フシャーと威嚇をしてくるルナに、いつも通りのデコピンをかます。
やいやいと言い合うその二人のやり取りに慣れたヒルデは、二人のやり取りを見ているタマモに謝罪をする。
「ヒルデさんは装備を変更したのですね。似合ってますよ」
「ありがとうございます」
魔石を含んだ顔料で染められた布によって作られる防具は、革や金属の鎧とは違いINTによって強度が増すことから、クレリックやウィザードの標準装備とされている。
その布はキラキラと光を反射することからか、一般の女性にも人気なようで、極少量の魔石顔料を使用して作られている服は、デートのおしゃれアイテムとしても使われている。
「そういえばシグさん達のパーティって、現在どこの階層にいるんでしょうか」
「気になってるなら、今から潜るから見てみたら?」
敵だと認識しているルナは、ツンとした態度を取っている。
「気になってヘカテーチャンネルで検索はしているんですけど、ナイトの検索結果が出てこないんですよね」
「あ……」
それを聞いたシグは、思い出したかのように自分のステータスカードを急いで取り出した。
パーティを組んだ場合のヘカテーチャンネルのライブ中継は、そのリーダーのみを検索する仕様となっている。
そして登録した初日に、タマモにマイページでカスタマイズしろと言われていたシグだったが、ヘカテちゃんのインパクトがあってか、そのことをすっかりと忘れていたのだ。
「もしかしてシグさん?」
「いや……その……」
「マイページの設定を一切変更してないってことはないよね?」
「すまん、忘れてた」
ヒルデとルナの冷たい視線を受けたシグは、恐縮する。
何とも言えない、冷たい雰囲気がその場を漂う。
「シグさん、私は登録の際に説明しましたよね?」
「今日は探索はしない感じ! お前ら相談に乗ってくれ!」
「ボクにはいつもあーだこーだいうのにさ!」
「タマモさん失礼しますね」
ニコニコと笑顔のタマモから逃げるように、二人の手を掴んでギルドから出ていく。
左から飛んでくる怒涛と、右からそれを鎮める声に挟まれながら、二人の機嫌を取るために、女性に人気のある喫茶店へと入っていく。
その夜のシグの財布は、いつもよりも凄く軽くなったのは言うまでもないことだ。
(いつ気付くかワクワクしてましたよ)
「何がワクワクだよ! 気付いていたなら教えてくれよ。タンクっていう役割を布教したいんだろ」
(自分の非を認められない人って嫌われるみたいですよ?)
「すみませんでした!」
夜になっても責められたシグは、寝不足になりながらもマイページの設定を再度確認するのだった。